第6話「占いと相携える道々」

 一通り食べ終えると、心も体も満たされた。

 なんだかすっきりしている。泣いた後だからだろうか。

 

「お前、泣いてた割によく食ったな」


 ルゥが嘆息した。

 うるさいバカ。昨日から何も食べてなかったし、お腹がすいてたんだからしようがないじゃん。それに美味しかったし。


「だが、調子が出てきたようだな。良かった」


「……さっきの続きは聞かないの?」


「いいさ。正直言うと、オレはお前が魔都に巣食う怪物の仲間なんじゃないかと疑っていた。とてもそうは思えなくなったんでな」


 彼の言葉に、さっきまでの自分の有様を思い出す。

 恥ずかしい。涙だけでなく、鼻水まで出てた気がする。


(ああ、目の前のコイツの記憶を消し去りたい)


 誤魔化すように、水を一気飲みした。


「ハル、これからオレと付き合ってくれないか」


 思わず飲んだ水を吹き出しそうになった。

 いきなり何を言い出すんだこの男は。


「お前の服を破いてしまったからな。弁償させてくれ。そのままだと目立つし、服を買いに行くべきだ」


 あ、あ――、そういうことね。

 うんうん、わかってたよもちろん。

 違うから、この心臓の音はびっくりしただけだから。


 ……それにしても、コイツ、無神経な男だな……

 もうちょっと言動に気を使ってほしい。


「うん、いいよ」


 私は努めて平静を装って言った。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 

 宿屋を出て、服屋を探すことになった。

 

「どこか知ってるの?」


「すまん。オレもよく知らん。だが、街の中央区に向かえば見つかるはずだ」


 ひとまず中央を目指して歩くことにした。

 ルゥの後ろについて、道を行く。


 知らない街。知らない通り。

 見るものすべてが珍しく、私はキョロキョロと視線を巡らせた。

 通りは思いのほか人が多く、活気があった。


「人が多いね。みんなルゥみたいな旅人なの?」


「あれはほとんどが観光客だ」


「え? そうなの? なんか意外。何を見にきてるのかな」


「それは夜になればわかる」


 そう言ってルゥはニヤリとした。

 なんだろう。すごく気になる。お祭りとかかな?

 わかんないけど、ちょっと楽しみ。


 ……それにしても。


「ルゥ、ちょっと待って」


「ん?」


 ルゥの足取りは早かった。気を抜くと置いて行かれそうになる。

 私は病み上がりなんだから、もうちょっとゆっくり歩いてほしい。

 追いつこうとして、私も足早になる。

 だが、ルゥの足が唐突に止まった。


「むぐっ」


 ルゥの背中に突っ込んでしまった。


「なに、どうしたの――」


 ルゥの顔を見ると、口を開けて戦慄いていた。

 なんだこの顔。

 視線を追ってみると――……


 道端にポツン、と小さな黒い物体が座っていた。

 いや、あれは人だ。上からスッポリと大きなフード付きのローブをかぶり、顔が見えなくなっている。


 その黒ローブが、小さな手をひらひらと揺らめかせた。

 手招きしているようだ。


「なんだろう、アレ」


 ルゥに尋ねてみたが、彼は口を開けたまま静止している。

 何をそんなに驚いているんだろう。


「……オレにはわからん。だが、猛烈に嫌な予感がする。アレが邪悪なものであることは間違いあるまい」


「ええ? 確かにちょっと怪しいけど、いくら何でも大げさなんじゃ……」


「……いいか、オレの言うとおりにしろ。黙って通り過ぎるんだ」


 ルゥの有無を言わせぬ剣幕に、私は従うことにした。

 彼はことさら早歩きで黒ローブの前を通り過ぎようとした。

 私もそれにならって足早に通り過ぎようとする。

 しかし、恐るべき素早さで私たちの前に杖が突き出され、行く手を遮られた。


「ちょっと待て――――――い!!」


 黒ローブが吠える。


「なんで無視するんじゃ!? ワシの手が見えんのか!!」


 ルゥは天を仰ぎ、頭を抱えた。

 しきりにがなりたてる黒ローブ。

 ルゥが無反応なので、私から黒ローブに話しかけることにした。


「あ、あの、なんの御用でしょう?」


 おお。まだルゥの魔法の効果が効いている。比較的スムーズに訊けた。

 ローブの顔がこちらを向き、フードから覗く口が大きく開いた。

 

「おお、おお、おお! よくぞ聞いてくれた! ワシは大占い師のワース様じゃ」


「占い師?」


「ちょっと違う。大! 占い師じゃ! そこんとこ間違えんでくれ。このワシに見通せんものはない! いや、たぶんない」


 なんで言い直した。うさん臭さが三割増しだよ。


「その大占い師様が、私たちに何か御用ですか」


「うむ。ワシが道行く人々を見ていると、おぬしたちからただならぬ運命の波動を感じてな」


「は、はどう? 私たちが?」


 何だ、運命の波動って。

 ルゥを見ると、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 いや、なんでそんな嫌そうなの。ちょっと傷つくんですけど。


「ぜひおぬしを占わせてくれ! お金はいらんから! おぬし名はなんという?」


「ハ、ハルです」


「おおハル! どこか可愛い響きのある名前じゃな。ささっ、そこに座るがよい」


 と、目の前にある木組みのおもちゃのような椅子をすすめられた。

 ワースさんの勢いに負け、素直に座ることにする。

 こうも勢いよくまくし立てられると、私はどうにも断れない。

 小さなテーブルをはさんで、ちょこんと座った。


(うわっ。小さいなぁ)


 何が小さいかというと、ワースさんだ。座った状態で、私の胸のあたりよりも低い位置に頭がある。アキちゃんも小さいけど、それよりさらに小さいのではないだろうか。

 そして口調はまるでおばあちゃんだ。声が子供みたいだから、おばあちゃんじゃないのはわかるんだけど。


「さて、さっそくじゃがハル。おぬしは探し物をしておるな?」


「え、わかるんですか?」


 確かに服屋を探していた。

 正直全く占いに期待していなかったので、ちょっと驚いている。

 でも、もし本当にすごい占い師なら、服屋じゃなくてアキちゃんのことを聞きたい。


「すごいじゃろ? 褒めてくれていいぞ。褒めて褒めて」


 うん。絶対おばあちゃんじゃないなコレ。


「あの、私のいもう――――むぐぐ」


 アキちゃんのことを聞こうとしたところで、口を塞がれた。


「あー待て待て待て! ワシは自分の見たいものしか見えんのじゃ!」


 なんじゃそりゃ。何の役に立つんだそれ。

 やっぱりあてにならなそうだ。がっかり。


「あ、信じておらんな、その目は。見たいものはちゃんと見えるんじゃからな!」


 これ、子供の遊びに付き合わされてるんじゃないだろうな……

 それならこの口調も頷ける。めちゃくちゃそんな気がしてきた。


「よし、さっそく占ってやろう。こちらに手を出すのじゃ」


 手相でも見るのかな。私はあきらめ半分で手を差し出した。

 ワースさんは私の手を握り、ニギニギとしてくる。


「やわらかくてスベスベの手じゃのう」


 ……何これ。セクハラ?

 ルゥと言い、コイツと言い……


「”森羅万象を見通す神の目よ、顕現せよ”」


「!?」


 ワースさんが呟くように唱えると、私の手の中に影のようなものが生まれた。

 影の中に、星のような光が瞬いている。まるで小型の宇宙だ。

 ワースさんは小型宇宙空間を挟み込むように手を添えた。


「むむむむ……とりゃああああああぁぁぁぁ!!」


 ワースさんの気合の入った声が響き渡ると、それに呼応するように黒い靄が手の中心に向かって集まってきた。


「わ、わ、わ! なにコレ、気持ち悪い!」


「まだまだ驚くのは早いわ! うりゃああああぁぁぁ!!」


 手の中の宇宙空間がワッと拡がり、私とワースさんを包むように宇宙空間が展開された。地面が見えなくなって、まるで浮いているようだ。


「怖いんですけど!」


「おい、いい加減に……」


 私の悲鳴を聞いたルゥが割って入ろうとしたとき、


「ハァッ!!」


 と、ワースさんが手を広げると、宇宙空間が炸裂し、あたりは光に包まれた。

 

「ひゃぁっ!?」


「うおっ!?」


 さしものルゥもこれには驚いたようだ。

 真っ白で何も見えない。


 だが、次第に光は弱まっていった。

 周囲の様子がわかるようになると、目の前にバンザイをしたワースさんが見えた。


「出たぞ」


「は?」


 出たって何が。


「手の中を見てみるがよい」


 私の手には、いつの間にか小さな花が乗せられていた。


「あ、可愛い」


 花をつまんでみる。白くて小さな、見たことのない花だった。


「この町の中央区の北のはずれに、その花があしらわれた店があるはずじゃ。そこにいけば、おぬしの探し物はみつかるじゃろう」


 ワースさんは自信満々な顔で言った。


「え? それだけ?」


 占いと言ったら、もっと色んなことを抽象的に言うものだと思っていた。

 ワースさんのは具体的な上に妙に少ない。


「これだけじゃ」


 これだけらしい。

 キツネにつままれたような表情で花を見つめる。

 私の肩を、ルゥが叩いた。


「さっさといくぞ」


 彼はすでに店から離れようとしていた。

 この場を去りたくてたまらないといった様子だ。


「待って! ワースさん、ありがとうございました。手品楽しかったです」


「手品ではないわ! いいか、絶対行くんじゃぞ!?」


「はーい」


 私は手を振り、店を後にしようとした。


「あ、それとおぬしらにアドバイスじゃ」


「アドバイス?」


 私とルゥは振り向いた。


「店までは手を繋いでいくと、はぐれないし盛り上がるぞ」


「余計なお世話だクソババァ!!」


 ルゥは怒ってズンズンと先に行ってしまった。

 私はというと、手を繋ぐのは抵抗あるなぁ、でもルゥの足は速いし繋いだ方が……と迷いながら、とりあえず早足で付いていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「うわぁ~、すごい」


 目の前に、古風でおしゃれな大きな建物があった。

 地元の西〇より大きそうだ。

 最上階はこの街で見てきたどの建物よりも高く、この街が一望できそうだった。


「あれがこの街の中枢だ。この街の行政を行う役所のほか、高級飲食店なんかも入っている」


 ルゥが建物について解説してくれた。この街は中央に機能が集中しており、その周辺に色んなお店が林立しているらしい。中央から少し離れると宿が増えて、そこからさらに離れると住民の家が増えるそうだ。そのせいか、中央区は人でごった返していた。これ、全部観光客なのだろうか。


 私たちは中央区の入り口で立ち尽くしていた。


「多いね……人が……」


 ここに来るまでにも人はそれなりに多かったのだが、ここはそれに輪をかけて多い。なんとなく原宿の竹下通りを思い出す。道が広いから、あそこまで窮屈ではないかもしれないが。


「これ、みんな観光客なの?」


「たぶんな」


「どうする?」


「この道は中央の建物に沿って円環になっている。道なりにぐるっといけばそのうち見つかるだろう」


「このお花のお店にはいかないの?」


「行っても絶対にろくなことにならん」


 そっかぁ。信憑性はともかく、それなりに楽しかったから、行ってみたい気はする。何があるのか確かめたいというか。

 

「行くぞ」


 そういうと、ルゥは躊躇なく人混みに突入していった。やっぱり私を待ってはくれないらしい。私もルゥを追って人混みに飛び込んだ。


「わぶっ」


 予想以上の窮屈さだった。よくこれで買い物ができるものだ。あちこちから商いのやり取りの声が聞こえてくる。


(わ、私が慣れてないだけかなぁ?)


 東京でも人混みは避けていたし、一緒に買い物に行く友達もいないし。アキちゃんがいないとこういうところには来ないし。


 ルゥはというと、難なく歩いているようだった。というか、あの図体と有無を言わせぬ雰囲気で、周りの人が避けているようだ。でかい体のおかげで、見失いにくいのが幸いだ。


 だが、じりじりと離されている。

 全く、自分のトロ臭ささが嫌になる。


「ルゥ、待って! おいてかないで!」


 と、ついには助けを求めてしまった。

 聞こえているか不安だったが、ルゥはちゃんと戻ってきてくれた。


「仕様がないな」


 ルゥが私の手をとった。


「あ」


「ほら行くぞ」


 ルゥの手が私を引き、導かれるように通りを進んだ。

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