#16
トイレから席に戻ると隣の男がこっちを見ている
先週、交差点で同じものを見たと思い声をかけた彼だった
「先週はすいません急に声をかけて」
「いや、すいませんこちらこそ」
先週見た彼とは雰囲気が違うように感じた
動揺が消え同じものを見ていないと言って去って行った落ち着きが目の前にいる彼からは感じられず、ソワソワしているように見える
「良く来るんですかこちらのお店には?」
「まぁー週1ぐらいですかね」
偶然とは言え同じ店にいるんだ当たり障りの無い会話をして若干の気まずさを温存するよりも
先週の事を詳しく聞いてみよう
彼の気分を害してしまったら店を出ればいい
「1つお聞きしたいことがあるですけど、よろしいですか?」
こちらが先週の事を聞こうとしたら向こうから質問が来た
「あ、はい……」
「一之瀬麻里弥さんとは、お知り合いですか?」
「えっ…はい……」
間の抜けた返事しか出来なかった
彼はなぜ麻里弥の事を知ってるんだ
そして自分と麻里弥が面識があることも
「すいません個人的なことを聞いてしまって、そのディスプレイに彼女の名前が表示されてたんで何か彼女の事を知っていたら教えて貰ませんか?」
麻里弥の事をどこから説明すれば彼は納得するんだろう
予想外の質問に言葉が詰まって返事に困っていると彼が名刺を出してきた
「馬渕と申します、よろしければお名前を教えてもらえますか」
スーツの左内ポケットから名刺ケースを取り出し馬渕に名刺を渡した
「古川です」
なんで名刺交換してるんだ
先週のことが聞けないどころか
逆に質問されてる、しかも麻里弥の事を
グラスに残ったウイスキー飲み干し古川は馬渕に返せていない質問に答えることにした
「麻里弥とは以前夫婦でした、馬渕さんは麻里弥とはどういった関係なんですか?」
「すぐそこの、たちばなクリニックで彼女に診察してもらっていました」
「たちばなクリニック…馬渕さんの主治医だったんですか?」
「はい、色々あって心の病気になりまして一之瀬先生にお世話になってたんです」
馬渕は麻里弥との全てを古川には語らなかった
婚姻関係があった古川に全てを話してしまえば
麻里弥の情報を聞き出せなくなる可能性がある
夫婦関係が破綻している時とは言え正式に離婚していないのに
麻里弥と男女の関係が短い期間ありましたなんて言ってしまえば
古川に下手したら殴られるかもしれない
仮に殴られなかったとしても機嫌を損なってしまっては
千載一遇のチャンスを棒に振るだけだ
「でもどうして麻里弥の事を?」
「完治したと思ったんですけど少し病気の兆候が出てきたんで、診察してもらおうかと今日行ったら辞めてたんです、他の先生には相談しにくいんです躁鬱病は厄介ですから」
「そうですか、すいません話しづらいことを聞いてしまって」
「大丈夫ですよ気にしないでください、それより何で彼女の事を調べてたんですか?」
「自分も行ったんです、麻里弥に診てもらいたくて」
古川の一言で馬渕は鳥肌が立っていた
それは同じ病を患った者同士の共感ではなく
偶然にも同じ場所で幻覚に遭遇したこと
見たものは違えど一種の共鳴にも思えた
2人の頭の片隅には交差点で見た幻が
フラッシュバックしていた
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