#8

向かいで信号待ちをしているアイツは左手の親指を突き上げ

人差し指を伸ばし残りの3本を握っている

肘は伸びきらない程度に腕を伸ばし俺に狙いを定めた

肘を起点にして左腕を90度上げた

聴こえるはずはないが擬音を発したのが見えた


次の瞬間バスが目の前を通った

一秒もしないうちにブレーキ音はけたたましく鳴り響いた

悲鳴が聞こえ通行人は野次馬に変わり

現場に押し寄せはじめる人の群れ

そんな大衆に取り残され茫然と歩道に立ち尽くしている


体全体が鉛のように重く信号を渡らず去って行くアイツの後ろ姿を見ていた

向こう側の影に消えた男は何のメッセージを伝えたかったのか

そもそも深い意味なんてなく、ただ俺を嘲笑いたいだけかもしれない


徐々に体の重みは無くなり横断歩道の信号機は点滅していた


周囲の喧騒よりもさっきの事で頭が疲れている事に気づいた

時間にして数秒の事がこれほどまでの疲労感


そんな疲労感の中、視線を右に逸らすと斜向かいにさっきの自分と同じように立ち尽くす男が目に入った


茫然と立ち尽くす男は、もう1人の自分のようでならなかった


斜向かいの男の視線の先はアイツがいた場所に思えた

彼はもしかしたら同じ幻影を見たかもしれない


放心状態に見える彼は我に返り来た道を戻って行く

肩を落として落胆したような足どりの彼を急ぎ足で追っている自分がいた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る