#5

chapter one


浮遊感に包まれた

目を開けると水の中のようだ

ここは海なのか深い水槽なのかプールなのか

水泡が一つ二つと目に映る


目を閉じて耳を澄ましてみとるが無音だ

ゆっくりと目を開けると浴槽の中にいた

見たこともないバスルーム

近くには便器がある

ユニットバスとは違う

それは空間の広さが証明している


浴槽から出ると服を着たまま入浴したらしい

全身ずぶぬれでタオルを探すが見つからないのでバスルームを出た


ドアを開け移動すると自分の部屋にいた

見馴れた家具を見ても違和感がある

ここは自宅ようだが自宅ではない

そんな気がしてならなかった


ふと両手を見ると濡れていない

服も水分を含んでいない

全身が乾いている

迷宮に迷い込んだアリス

そんなふうに自分が思えた


後ろを振り返るとドアは存在しない

もう一度部屋を見渡すと視界が崩れはじめた

サルバドール・ダリの記憶の固執みたいに

目の前が溶けている


予期せぬ出来事に直面しているはずなのに

慌てふためきもしない


これこそ不動心と言えるのかもしれない

もしくは思考の停止


どちらも起動しないさまだろう

もうすぐ終りが近づいている

それだけは確信していた


理由は単純、終りの感覚を察知したから


景色は存在せず女の声だけが響いた


「無駄な足搔きよ 忘れるなんて」


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