第2話 目の前に出された五秒の課題
気になったのは、二点。つまりそれは、エーリエの言葉そのものなのだが、ともかく。
まず、アルケミエリアには、そもそも地下迷宮など存在しない。
魔術学園、および騎士学校が共同で使う、地下訓練場のことを指しているのだろう。主に実地訓練に近い授業で使われる。
一階は広間になっており、入り口となる地下への階段は四ヶ所。ほぼエリア全域を網羅するよう地下区画は広がっており、地下二階までしか存在していない。
サバイバル訓練でも使われるが、動物というより虫などは多いものの、魔物の発生など聞いたこともなかった。
もちろん、その全域のマップは作成済みだ。
そして〝捜索〟という単語に、ラングは引っかかった。
探索なら、わからなくもない。
けれど捜索とは、目的の対象が人物の場合に使う。
特別クラスは、そもそも成績上位者が所属するため、授業のスケジュールも自助努力、いわゆる自由時間が多く、それを利用して図書室にてざっと調べてみるが、やはり地下訓練場の歴史は古く、特にこれといったトラブルもない。
このトラブルというのが、重要だ。
仮に更に地下があったとして、エーリエの言うよう捜索したい誰かがいたとしたら、必ず利権が絡む。つまりそれがトラブルの元となるわけだ。
では逆に。
封鎖して存在を隠したい理由はあるのか?
あるだろう。
ラングが考えただけでも一つ浮かぶのは、冒険者の視線を内側ではなく、外に向けたい理由だ。
外界の開拓は悲願だから。
技術開発も、冒険者も、外に出て少しでも情報を集めて欲しい。
しかし――そのために必要な因子が、地下に隠れているかもしれない。
実際にはどうなんだ?
――ほら、これがトラブルの元になる。
さて、だったらどういうことだろうか。
嘘や冗談には聞こえなかった。いずれそれがわかる前に、ある程度の指針は作っておきたいものだ。
知らないで済ませたくはない。
何よりエーリエは、面白いヤツだ。
図書室を出て教室までの道を歩く。
そもそもラングは、好奇心で動くことが多い。主席なんて位置にいるが、決して目指して取ったものではなく、好奇心に任せていたらいつの間にか、そうなっていた。
興味が向いたものに手をつける。
この対象の大半は、ラングが上手くできないものだ。その上達を目指すための習熟を一定期間やり、それなりにできた時点で手を引く。
そんなことを今までずっと、繰り返してきた。
理由? ――楽しいからだ。
知識は多い方が、体力もあった方が、できることは増える。魔術師としてもそのバランスは必要であるし、何より知識は役立った。
騎士学校に行かなかったのは、剣を持つような戦闘に本腰を入れようと思わなかったからだ。こちらでも、それなりに格闘訓練もあるし、必要なら別の方法で学べばいいと、そういう気持ちで、今はもう、二年目か。
高等部二年。
一年の頃に学生会に誘われたこともあったが、それほど興味もなかったし、時間を取られるのが嫌で丁重に断った件で少し騒がれたが、今では落ち着いたものだ。暇な時には学生会室に顔を見せて、雑談をするくらいである。
四十人用の教室に、八人しかいないのだから広く感じて当たり前だが、四人ほどいて。
窓際の明るいところで、エーリエは本を読んでいる。見慣れた姿だ。
そして、正面に座って逆側、つまりエーリエの方を見て、それを邪魔しているアカインクがいるのも、いつもの光景だ。
とかくマイペースな女である。妙にエーリエと仲が良いというか、懐いているような印象があった。
「エーリエ」
「うん?」
「次の二単位は、屋内訓練場が使えるぜ。お前どうする」
「ああうん、どうしようかな」
「行こうねー」
「……、どうしようかなあ」
「行こう!」
「うるさいよインク」
「ぬう……」
彼女は、アカと呼ばれても気にしないが、普段だとインク呼ばわりをされると、それなりに怒る。怒るというか、のんびりマイペースな見た目からは想像できないほど、殺意を滲ませた視線を向けてくる――のだが。
どういうわけか。
エーリエに対しては、そうでもない。
まだ追及はしていないが、知りたいとは思っている。
「ちなみにラング、訓練場で何をするのさ」
「術式の実習みたいなものだな。標的なんかもあるし、それ以外も運動全般」
「なるほどね。ミーシャは?」
「……行ってもいいよ」
やや遠い席にいる、小柄で不愛想な少女は、長い髪を背中側に流しながら、短く答えた。
元は三人だが、エーリエの編入によって正規の四人チームとなった。いわゆる連帯責任――ではなく、グループとなって、課題などに取り組む。
自由時間の行動まで一緒にしなくてもいいのだが。
「じゃあ行こうか」
お互いの戦闘能力を把握しておくのは、試験においても重要になる。
特に。
エーリエはまだ、未知数だから。
「ところで」
移動しながら、少しだけ声を抑えたエーリエは、近づこうとするアカインクを押すようにどけながら口を開く。
「三人はお互いの実力なんかも、それなりに知ってるのかな?」
「そりゃまあな。つーか、去年から特別クラスで一緒だったから、同じチームじゃなかったアカもそうだけど、それなりに知ってはいた」
「そだねー」
「演習なんかだと、俺とアカがアタッカーで、後方に支援含みでミーシャってのが、よくある配置だ」
「ふうん……」
「そういうお前はどうなんだ?」
「僕? ううん、どうだろうね。学園の育成システムは、冒険者、つまり数人でのパーティを組むことを前提にした育成で、魔術そのものも技術より道具としての認識が強いからなあ……」
「……? それのなにが違うのよ?」
「ミーシャ、魔術の本質は学問だよ」
「それは……そうかもしれないけれど」
「戦闘においては、僕の場合は少し乱暴だね。山猿みたいな脳が筋肉でできた男に育てられたから」
「それ前も言ってたな……?」
「ラング、冗談でも何でもなく、誇張もしていないよ」
お陰で反面教師としては優秀だったと、エーリエは笑った。
訓練室は本来、二クラス合同で使う前提であるため、かなり広い。単純計算、八十人が運動できる広さなのだ。
「あのパペット人形は?」
「いわゆるサンドバッグだ。宙づりになってるが、それなりに強度は高い。かなり強い術式でも耐えるぜ」
「ああ、なるほど。ふうん……」
腕を組んだエーリエは、首を傾げた。
「どしたの」
「いや、なんというか、訓練のイメージがわかなくてね。まあいいや、お互いにどの程度できるかは知りたいだろうし、ちょっと課題を出そう」
「何だよ課題って」
「難しいことは言わないよ。――五秒」
言えば、全員がエーリエを見る。
「いったい、五秒で何ができる?」
それだけでは、意図が通じない。
「まずは実演だ。僕はね、五秒あれば――」
おおよそ、サンドバッグのパペットまでの距離は、十メートルほど。それを三歩、およそ三秒を使って間合いを詰めると、四秒目で左足の停止、右腕を引く、そして五秒目で手のひらが突き出され、人形の胸部に吸い込まれた。
追加で五秒、我に返った彼らは小走りで近づいた。
「マジかよ、へこんでるどころか、背中と引っ付いてるだろ、これ……」
「ん? いや、威力の問題じゃないよ。こんなことしなくても、もっと効率的な攻撃方法はいくらでもある。本題はここからだ」
「回りくどいわ。その本題はなに?」
「五秒だよ。その時間をどう稼ぐか――うん」
うんと、頷いただけだった。
ごく僅かな
「なんだ?」
「これから五秒、僕は時間を稼ごうと思う。そのための手段はもうやったよ。何でもいいから術式を使ってみてくれ」
手慣れた術式を使おうとしたラングは、その動きを途中でやめた。
――いや。
「なんだ、構成が組めない?」
理論の部分である魔術構成を作り、そこに魔力を通すことで術式が完成するのが手順だ。その取っ掛かりである、構成の部分が途中消失したのである。
「うん、これで五秒稼げそうだ。じゃあがんばって。教員には説明しておくよ」
「おい!? お前何した!」
「首の上についてるのは飾りかい、ラング。戦闘中、相手に対して何をした、なんて問うのは間抜けだよ。なあに、ありがたいことに今は戦闘中じゃないし、二単位も時間はあるんだろう?」
「ぐ……」
「じゃ、僕は本を読んでるから」
にっこり笑顔で背中を向けたエーリエは、担当教員のところへ。
「僕たちの傍では、術式が正常に作動しないから、声をかけておいて」
「パペットを一体、壊した責任の所在は?」
「最後に、もっと綺麗に壊しておくよ」
「あれ、結構な強度があるはずなんだがな……?」
「そう? 強度設計の報告書を上げてもいいけど、そのぶんの給料は一体どこから出るんだろうね?」
「いい、いい、わかった」
「ありがとう」
「もう馴染めてるみたいだな?」
隅で本を読もうと、そう思っていた足を止めて。
「そう?」
もう少し、話に付き合うことにした。
「そう見えるなら、僕は上手くやってるんだろうね」
「人付き合いなんてのは、表面を取り繕うだけで充分だろ。警戒の度合いも、どこまで許容できるかだ」
「へえ……さすがは教員だね、学生に言う台詞じゃないよ。それに、上から目を離すなと言われてるんじゃないか?」
「一応な。ただ、連中は現場を見てねえ」
男は白髪のある頭を掻き、口元に笑みを作る。
「何しろ、お前を〝学生〟として見てる。今の一撃を見ればそんな甘い考えは飛ぶだろうが――そいつは、最悪の時だろうな」
「意志を通すためなら、僕はやるだろうね」
「怖いねえ」
「あなたは、どうして?」
「元冒険者なんて肩書はとっくに捨てたが、お前の雰囲気は書庫の管理人に似てる」
「というと、敷地内にある屋敷の?」
「そうだ。このアルケミエリアで、彼女と敵対する馬鹿はいない」
お前もするなよと言われ、エーリエは肩を竦める。
「だれかれ構わず喧嘩を売るほど馬鹿じゃないよ」
「そうしてくれ」
話はそこで終わり、壁に背を預けるよう座ったエーリエは、読みかけの本を開く。
娯楽小説だ。
彼にとって、今までの人生で本を読むことがなかったため、新鮮なのである。
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