メイズメーカー・地下迷宮の三姉妹・

雨天紅雨

第1話 一歩を踏み込むゆえの迷い


「――どうなんだろうな」


 ふいに、疑問が口を衝く。

 そんな様子を演出しながらも、実はその疑問をここ三日ほど、どう切り出すべきかを迷っていた。

 編入五日目。

 つまりそれは、彼と相部屋になって五日目ということで。


「当たり前のことってのが、まあ、あるわけだ」


 彼は。

 よく見かけるのは、本を読んでいる姿だ。

 没頭している様子はなく、声をかければ反応はあるし、拒絶をする雰囲気はほとんどない。特別クラス、たった八人のクラスだけれど、珍しい編入生でも上手くやっている。


 うわべだけは。

 処世術だと言わんばかりに、人付き合いができる。

 まるで本屋の店員と交わす会話のように。


「アルケミエリアで生まれ育った俺たちにとっては、当然のことも、こう言っちゃ何だがよそ者のお前にとっては、違うもののはずだ」


 よく笑っている。声を立てない、愛想笑い。

 知らない場所に放り投げられたのなら、周囲に馴染もうとする行為もまた、当たり前なのかもしれない。

 ただし、まだ十六という年齢としては、間違いなく珍しいはずだ。

 世間に出たこともない学生には、身に余るほどの処世術。波風を立てないだけならともかく、のなら、そこには何かがある。

 慣れなのか。

 経験則なのか。

 いずれにしても、普通の学生では身につかない。


「わからないものを、わからないままにするな――学園が掲げる思想で、俺たちも中等部からよく聞いてるが、それでも」


 だがそれでも。


「お前という異物に対して、果たして踏み込むべきかどうかは悩むぜ」


 彼は本を閉じ、デスクから椅子の向きを変え、ベッドに座るこちらを見ていた。


「ラング、君はきっと臆病なんて言われてるんだろうね」

 彼は言う。

「常識が違うことを怖がるのは、当たり前のことだよ。だってそれは、自分にとっての当然が崩れ落ちるようなものだから。そしてよそ者の僕にとっては、まず第一に相手の常識を理解するところから始める。異物だってことを否定はしないけど、それほど上手くやってるわけじゃないさ」

「だが、――お前は少し、怖い」

「そう? だったらそれは、僕が君たちに感じている怖さと同じものかな?」

「俺たちが?」

「常識が違うからね」


 こういう受け答えに、随分と余裕がある。


「じゃあ逆に聞こう。ラングは一体、どこに疑問を持ってる?」


 問われ、天井に顔を向けて考えてみる。

 どこだろうか。

 それがわかったら、こんな会話にはならないような気もするが、それはさておき。


「アルケミエリアは、冒険者の育成にはそれなりに力を入れてる」


 そもそも、外の世界は未だに踏破されていない状況だ。

 スライドパズルのよう盤面が動き、その規則性は見通せず、帰還術式を組み込んだ魔術品のお陰で、ある程度の探索は可能になっているが、それでも生存率は八割になったことがない。

 不規則性の高い魔物の存在と、盤面の移動により、よほどの熟練者ではない限り状況に適応できず、熟練者は体力的な問題もあって、あまり外に出ない。

 そういう人材が教育者にはなるのだが、外の世界の範囲は、ずっと広がらないままだ。


「こっちは魔術学園、それから騎士学校、技術関連はうちと合同。住人の九割はいずれかに通うし、その中から冒険者になるのは三割と言われてはいるが、そこらは個人の判断か」

「そうだね」

「――ああ、そうか。あまりにもお前が、学生らしくないんだ」

「へえ? らしくないかな?」

「ない……と、感じる。いや気付いたというべきか? それでも、何に気付いたのかは曖昧だ」

「直感的に」

「そう、それだ」

「良いことだよ。直感はね、曖昧なものじゃなく総合情報だ。思い付きとは違って、今まで経験してきたものの中から、限りなく近い正解を導き出した結果だからね。ただ、出した結果に対しての思考が追い付かない」

「……そういうとこだぞ?」

「うん?」

「らしくねえって思うところ。なんつーか……世間に出るための勉強をするのが学校なのに、それ以外を求めて学校に来てる? そういう感じもある?」

「曖昧だね」

「そう言ってるだろ」

「うん、まあ、僕と君たちとじゃ、警戒のやり方も違うから、戸惑いはわかるよ」

「警戒?」

「そう。君たちは今、それを感じ始めた。僕は最初から知っていた。つまり僕はずっと警戒しているし、君たちはようやく警戒をし始めたってところだ」

「外から入る者と、内から迎える者の差か……」

「見た目には出てないけど、ラングは賢いね」

「余計なお世話だ。これでも一応、主席だからな」

「知ってるよ。だから僕みたいなのを世話しなきゃいけなくなる」


 嫌がってはいないし、そもそも彼は手がかからない。世話役なんでのは誰でもできるだろうと思う――が。

 確かに。

 こういう会話は、難しいかもしれない。

 何しろ彼は孤立を嫌っていない。ほかの者が同室なら、次第に会話がなくなって、用件のみを伝える簡素な間柄になっていたはず。


「プライベイトに踏み込むべきかどうかも、やっぱ迷うな」

「それはどうして?」

「何かしらの事情がありそうだと、俺が感じてるからだ。あるいはそれが、聞かなきゃ良かったと空を仰ぎたくなる内容かもしれねえ」

「そっちは勘だね。僕は頭まで筋肉で作られた野郎に育てられたから、あまり交渉が得意じゃなくて、編入時には教員側に、僕がここへ来た理由も説明済みだよ。――お陰で警戒されてるんだけどね、はははは」

「笑いごとかよ……いや、それよりもむしろ、教員連きょういんれんが警戒ってどうなんだ」

「今はまだ、学生風情ふぜいが何かできるわけもないと、楽観しているよ。事実、ラングはそれを知らなかったし、監視もついていないからね」

「そいつは、学園の理念に反することか?」

「禁じられていること、という意味合いなら近いかもしれない」

「それが目的か」

「目的の一つではあるよ。ただ、犠牲を出すようなものじゃないから、そう心配しなくてもいいし、無理に巻き込もうとも思ってないから。――まだ確証もないし」

「わかった」


 大きく吐息を落として、改めて彼を見る。


「教えてくれ、エーリエ。お前の目的はなんだ?」


 問えば、彼は仕方ないと、そんな様子で肩を竦めた。


「地下迷宮の捜索だよ」



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