第34話
「えっと、そちらの女性は?」
「あぁ、私の仕事仲間でね。いろんなことを助けて貰ってるんだよ」
「初めまして、イリスと申します。どうぞよろしくお願いします」
誘惑が手を差し伸べてくる。
それをとって良いのかすこし迷ったが、ここで手を取らないのも変だろうと俺も手を差しだす。
「えぇ、よろしくお願いします。私はミューズと申します。冒険者ギルドの職員をしています」
「なるほど、ギルド長の部下の方ですか……」
「うん、そうなんだよ。これでも彼は信用できると踏んでるんだ。君から見てどう思う?」
「そうですね……」
誘惑がじっくりカイのことを見てくる。
ここまで見られると嫌な汗が流れそうになる。
「普通の人ですね」
「そうだよな。私からしても何の危険も感じない人物でね。だからこそ彼は信用できると思ったんだよ」
「どうでしょうね? こういう人物が暗殺をしているとなると恐ろしいとも思えますよ?」
「はははっ……、それならとっくに返り討ちになってるよ」
ギルド長はよほど自分の力に自信があるようで高笑いをしていた。
確かにまともに戦って勝てる気がしないのは確かだった。
その点ではギルド長がカイのことを信用しているのも頷ける。
「でも、だからこそ油断しているタイミングで……ってことが考えられるの。まぁこの子なら問題ないか……。私でも簡単にやれそうだから……」
誘惑がグッと俺に近付いてくる。
軽く唇を舐めるその色っぽい仕草に思わずドキッとするが、それが誘惑の出方だとわかるので警戒心は解かずに表面上だけドキッとしているように装う。
「なるほどな。それよりも飯に行こうか。そのあと、いろんな話もあるから」
「わかりました。どこに行きますか?」
「ちょうど近くに旨い酒場があるんだ。そこに行こう」
カイはギルド長に案内されるがまま酒場へ向かっていった。
◇
やるタイミングを失ったな……。
しかも誘惑が側にいるとなるとこれからもタイミングはないかもしれない。
少し様子を見て思い切って今日やる方がマシかもしれないな。
色々と思考を巡らせながらギルド長と談笑をする。
珍しくギルド長は気を許しているのか楽しげに笑みを浮かべている。
「そんなに飲むとお体に触ってしまいますよ……」
誘惑がギルド長の容体を心配していた。
彼女が仕事以外でこんなに気を遣うなんて珍しいな……。いや、待て! どうして誘惑が仕事じゃないと判断しているんだ?
ギルド長が気を許しているから?
冷静に見る今の彼女は仕事モードにしか見えなかった。
その標的は自分か?
カイの視線がすこし鋭くなる。
ただ、どうやら自分を狙ったものではなさそうだった。
そう考えると相手は……ギルド長!?
いや、彼がそこまで油断をしていないのには理由があるわけだ。
彼自身が誘惑を雇っている。
だから油断をしているのだが、もし誘惑が別の人物にも雇われて、その結果ギルド長を狙っているのだとしたら――。
俺はこの場にいて良いのだろうか?
もしかすると誘惑に殺しの犯人に仕立て上げられる可能性がある。
誘惑がコップに何かの薬を混ぜていた。
そのことにギルド長は気づいていない。
いや、一瞬眉がピクリと動いたことをカイは見逃さなかった。
どうやらギルド長は油断をしていなかったようだ。
すこし安心してカイは自分の食事を食べていく。
すると誘惑がそっとコップをギルド長の前に置いてくる。
「おかわりもどうぞ……」
にっこりと微笑む誘惑。
何も知らないならその飲み物をそのまま飲んでしまうだろう。
ギルド長もそれを装うためか、飲むそぶりを見せていた。
それを食い入るように見つめる誘惑。
ただ、次の瞬間ギルド長はコップを投げ捨てて、腰につけていた剣を誘惑に突きつけていた。
「なんのつもりだ?」
「えっと、なんのことでしょう?」
「とぼけても無駄だ。お前がこの飲み物に何か入れていたことはわかっている。金で雇っていたこともあり、警戒はしてなかったが、命を狙われるとわかっては話は別だ。付いてこい!」
誘惑はそのままギルド長に連れて行かれる。
「すまないな、ミューズくん。この詫びはまた別の日にさせて貰うよ」
それだけ言うとギルド長は酒場を出て行った。
それを見送るカイ。
ただ、そこでギルド長が金を払っていないことに気づいた。
「えっと、金は?」
三人分の飲み食いをした分だ。そこそこの額になっているのだが、まさかこれを全部自分が払うのか?
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