第32話
厨房に行くと職員が料理長と話していた。
「そうか、今日はそこまでたくさんはいらないわけだな」
「そうみたいです。ではよろしくお願いします」
軽く一礼した後に職員は出て行った。
そして、料理長はため息を吐いていた。
「なんでわざわざ俺が料理を運んでいかないといけないんだ……。全く、ギルド長にも困ったもんだ。この場で食って言ってくれたら良いものを……」
「えっと、どうかされましたか?」
カイはわざと首を傾げながら料理長に確認する。
「なんだ、新入りか……。さすがにお前に持って行って貰うわけには――。いや、問題ないか。ギルド職員なら」
「持って行く? 料理を運ぶのですか?」
「あぁ、ただ、客じゃなくてギルド長にだ」
これは思ったより早くチャンスが巡ってきたかもしれない。
ただ、自分で行くと言うより無理やり行かされた風を装った方が良いな。
「それってさっき料理長が頼まれていたやつじゃないのですか? 私が持って行って良いのですか?」
「うっ……、確かに私に持ってきてくれとギルド長は言っていたけどな。でも、私もそれ以外にすることがある。だからお前に頼んでいるんだ」
「……わかりました。では運ばせていただきますね」
「よろしく頼んだ」
そして、ギルド長が料理を完成させるのを待って、カイはギルド長の部屋へと料理を運んでいった。
◇
料理に毒を入れてしまって殺す……。
そんな方法も考えたもののそれだと証拠を残してしまうことになる。
下手をするとまず料理の毒味をしろと言われる可能性があるので、それは止めておく。
さすがにギルドで働き始めて一日で殺せるなんて過信はしていないので今日のところは様子をうかがうに留めておく。
ギルド長の部屋にたどり着くと軽くノックをする。
「誰だ?」
「その……、料理長から運んでくれと言われて料理をお持ちしました」
「そうか……、入れ」
カイはゆっくり扉を開く。
するとギルド長がジッとカイの方を見てくる。
「おや、君は?」
「えっと、私は今日から働かせていただいていますミューズといいます」
「そうだったね。男手は常に足りないからありがたいよ。でも、どうしてうちに? 他にもいくらでも仕事があっただろうに」
「本当は冒険者になりたかったんですよ。でも、私にはそれだけの力がありませんので――。だから、ギルド職員になろうと思ったんですよ」
これはブラークと話し合って決めた設定だ。
過去を調べられてもミューズという男が昔、冒険者に助けられたということしか出てこないだろう。
そういった人物をブラークが探し出してくれたからな。
そして、今ギルド長の目が赤く光っている。
知らない人なら違和感すら感じないものだろうが、おそらく魔法を使っているのだろう。
おそらく使っているのは嘘の探知か殺気の探知か……。
嘘探知はカイがもっている魔道具で嘘をついていないとごまかせる。
殺気は元々カイが出すことはない。
つまり、今何かを調べられても困ることはなかった。
「ふむ、ありがとう、助かったよ。あとは……そうだな。念のために料理をすこしだけ食べて貰っても良いか?」
「えっと、いただいてもよろしいのですか?」
「あぁ、半分くらい食べてくれるとありがたいな」
これは罠だろう。
ちょっとでも食べることを渋れば毒を入れたと疑われてしまう。
結果的に聞き返すのが良いだろうと判断したのだが、それが功を奏した。
カイは迷うことなく料理を半分ほど食べていく。
意外とここの料理って美味いんだな。
冒険者達が毎回食べているわけだ。
「どうだ、上手いか?」
「えぇ、初めて食べましたけど、すごく美味しいですね」
「そうか……」
ギルド長は嬉しそうに目を細めていた。
そして、カイが料理を返すとギルド長も食べ始めていた。
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