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「ねえねえ今朝の見た?」「見た見た! レノン君と他の学校の娘と抱き合っていたところ!」「え、何なの? 彼女なの?」「しらなぁーい!」「でも、彼女いるってタイプじゃ無いよね」「うん、なんかぁ、暗いしぃ、ちょっとあの子、だっさいじゃん?」

 クラスの女子達が彼の事を噂している。話題はやはり今朝の通学路での他校生徒と抱き合っていたことだ。

 彼当人といえば、クラスの隅で親友のフレッドと話をしているところだった。

「今朝のアレ、ちょっとマズいことにならなければイイネ」とフレッドは少し心配をしている。

 あの場にうちの学校の教師や保護者などが居たら、おとがめ無しでいられなかったとはずだ。幸いにもその場に居たのは学生だけだから未だ良かった。だが、その代わりに変な噂をみんなから立てられている。

「でも、ホントに知らないのかい? あの女の子。なかなかクールな美人さんじゃ無いか?」とフレッドは今日三回目の同じ質問をする。だが、

「全く覚えがないんだ。クラスメートになったこともないし、幼なじみでもない」と、レノンの答えは同じだ。

「おい、レノン今朝のあの美人はなんだ? お前の彼女か?」サッカー部の、いや元サッカー部の福島だ。

福島はレノンのクラスメートでちょくちょく彼に話しかけてくるのだが、特に親しいわけでは無かった。身長は百八十センチと大きく、プレーも人並み以上に上手く、顧問の先生には期待されていたのだが、つい先日辞めてしまった。理由はよくわからないが、成績が芳しく無く、期末試験の結果如何で両親と部活を辞めるか辞めないかで揉めていたらしい。結果は未だ出ていないのに早々に退部したのは謎なのだが。

「なんだ、福島か」

「なんだじゃ無い。あの女誰なんだ? まさかお前の彼女じゃないよな?」

「いや、全然違うよ。誰か他の奴と勘違いしてたんじゃ無いか?」

「そうなのか? それなら俺の女にしても良いよな? 紹介してくれよ」

「女にするのは勝手だけど、僕はあの子の知り合いじゃないから紹介しようが無いよ」

「けっ! なんだそうかよ冷てえな」と福島は失望感をあらわにして、そこを離れていった。そして、他のクラスメート男子のグループにまざり、「ダメだったわ」などと漏らした。

 突然ガラッと入り口の引き戸が開いた。

「おう、お前ら、席に着け!」と、ドスの聞いた声が響く。担任教師の長谷川だ。短髪でいつもジャージを着ているいう、いかにも運動部と言った風体の三十代の男性教師だ。数学の教師で教え方は今ひとつで、あまり評判は良い方とは言えない。

「よし、みんなおはよう! ホームルームをはじめる前に転校生を紹介する」という、彼の意外な言葉に、

「この季節に転校生?」「高校でも転校生って居るんだ?」「帰国子女かも。向こうの学校って九月始まりだし」「え、でもまだ七月だよ?」とクラスがざわつく。

「おい、騒がしいぞ!」と担任がクラス名簿の角を教壇の机にガツンと叩きつける。その瞬間クラスが静まりかえった事を見計らい、彼は、入り口を見やり、

「おい、もう良いぞ、入れ」と廊下まで響き渡るでかい声で外にいる誰かに命じた。

 がらがらと入り口の引き戸が開き、ほっそりとした小柄なロングヘアの女性が教室に入ってくる。

『この子は?』レノンは目を見張った。

「レノン、今朝のあの子じゃ無いか?」とフレッドが後ろに座っているレノンに振り向いて話しかけた。そして彼は静かに頷いて応えた。

「今日から、お前らのクラスメートになる『的羽里奈』クンだ。みんな仲良くするように。じゃ、まずは自己紹介をしてくれないかな」と長谷川が言うと、彼女は黒板に大きく自身の名前を書くと、

「的羽里奈です。神奈川から来ました。中学校からずっと女子校だったので、男子には慣れて無くて緊張していますが、よろしくお願いいたします」と語った。

 レノンは教室に入ってからずっと続く彼女の視線が気になっていた。黒板に向かって名前を書いている時以外、絶えず視線を彼から離さなかったのだ。

 そんな事に大部分のクラスの人間は気が付かなかった。それは担任の長谷川も同じで、当然気にもとめずに、

「おう、ありがとう。お前ら、的羽クンに何か質問あるか?」と、また無駄にでかい声でがなり声をたてた。

「ハイハイハイ!」と福島が目を爛々と光らせ長谷川にアピールをするが、長谷川はそんな彼をいつもうっとうしく感じているので、わざと、

「じゃ、本庄」と別の生徒を指名した。

 本庄は、少しお嬢様っぽい感じの女子で、実際にかなりのお金持ちの家庭出身である。なにしろ、身につけているものが全てブランド品で、ここには毎朝目黒の自宅からお抱え運転手付きのメルセデスベンツS600という超高級車で通ってくる。両親が超過保護であるため乗り換えが面倒で痴漢などの不遜な輩がいる電車通学は許してくれないのだ。

 彼女は席を立ち上がって長くウエーブの掛かった髪の毛を後ろ側に掬うと、

「的羽さん、前の学校はどちらでしたの?」

と言った。

「前は京王女子高校阿津木校です」と彼女は淡々と答えた。今朝、レノンに話しかけて来たような感情を露わにした口調とは異なり、まるで本庄には全く興味も無いと言った調子であった。

「京王女子高校って言えば、うちと偏差値トップを争う名門高校じゃ無いか?」と誰かがつぶやいた。

「そんな、名門校から何故こんなど田舎の高校に転校してきていらしたのかしら?」と、本庄は少し嫌みを感じさせる口調で質問をした。いや、確実に嫌みで言った。実は彼女は京王女子中学の東京本校ではあるが、お受験に失敗しているのだ。

 そんな彼女の嫌みに気が付いているのか居ないのか、里奈は、

「家族の都合で此方に引っ越す事になったので、こちらに転校させて戴きました。阿津木まで通うのは無理ですから。それにこの学校に入りたい理由もありましたから」と、淡々と答えた。

「その理由って、何ですの?」と本庄が尋ねると、里奈は急に頬を赤らめて、

「それはレノン君がいるから…」と今までと打って変わりいきなり感情を露わにして吐露した。

「ヒューヒュー!」とクラスの男子数人がはやし立てた。その中には福島とフレッドも含まれていた。

「まぁ! なんてことですの!」と本庄は意外な答えに戸惑い、顔を赤らめて着席した。そして火照った頬と戸惑いを悟られないように顔を手で覆ったが、却って逆効果でクラスのほぼ全員が彼女が戸惑っていることを悟ったのだ。

 クラスのざわめきはまだ止まず、全員の視線は里奈とレノンに集中しているままだ。

 長谷川はこの状況はマズいと感じたようで、

「今日のホームルームはここまでだ。的羽クンは窓際の一番後ろの席が空いているだろ? そこに座りなさい」と言った。内心長谷川はよりによってこのような状況になると考えていなかったため、的羽の席をレノンの後ろにしたのだが、こんなことなら彼女の席は他にすれば良かったと後悔した。

 まあ、いいさ。どうせ二学期になれば席替えをするつもりだった。まさかまたレノンの近くに的羽がくる事もあるまい。と彼は思ったのだが後々それは間違ってたと気づくことになる。

  

 

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