第4話夜
桜を見上げて帰った。
会える。
今夜君に会える。
「その桜の話をしてくれよ」
寮の部屋で友人は言った。
「一番有名は話は学園が出来るはるか前の話だ」
僕は話をしてやる。
「許嫁が死んだ男がいてね、どうしてもその愛した女に会いたかった。会いたくて会いたくて、諦めきれない。せめて一目だけでも、と思った」
僕と同じ。
僕はあの女の子に会いたい。
どうなるもんじゃなくても、彼女に会いたい。
「ここはその頃まだ野原でね、怪しいものが見えるとの噂が立っていた。死んだ人が見えるとか、不思議な景色が見えるとか。馬もないのに走る妖怪地獄車、そびえ立つ灰色の山々・・・。ここは黄泉の国と繋がっているんだ、人々は噂した。だから男はここへ来た。許嫁に会いたくて」
会いたい。
会いたい。
一目でも。
「で、会えたのか?」
友人は退屈しのぎで聞き始めたわりには、話に乗ってきた。
「会えた。でもね、許嫁の姿は見えても、男に許嫁は気付かない、触れられない、近くにいても気付いてもらえない」
僕と同じ。
君を見つめていても君は気付かない。
君は僕の気持ちなんかわからない。
「切ない話だな。で?」
友人が先を求める。
「桜の下で男が泣いていたら、桜が言ったんだ」 僕は続けた。
「樹はしゃべらない」
友人が突っ込む。
「まあ、伝説だからね。とにかく、桜が満開になる夜に私の下にきなさい。許嫁に会わせてあげると」
僕は続ける。
多分、ここは脚色されていて、桜の夜に奇妙なモノに物質的に触れた人達がいたのではないかと思っている。
見えるだけの奇妙なモノが桜の下でホンモノになるのがわかった人達が。
それを桜が話した言葉にしたのでは。
そんな僕の考えを友人は笑った。
「おまえはそれが本当に起こると思っているんだな」
ああ、本当に起こる。
起こるに決まっている。
僕は信じている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます