第3話夕

 私は夕暮れ、また桜の下にくる。

 あなたは咲き誇る夜に、何をみせてくれるの?





 「あの」

 私はベンチでパンを食べている彼に声をかけた。


 昼休み、彼はたまに一人で本を読みながら昼食を食べることがあることを私は知っていた。


 桜はもうすぐ咲く。

 今日誘わないとだめ。

 次、彼が一人でいるのはいつになるのかわからない。


 私には表情がないらしい。

 だから、彼には私がドキドキしていることもわからないはず。

 こんなにも怖いことも、

 こんなにも近くにいられて嬉しいことも。


 「うん?」

 彼は驚いたような顔をする。


 そうだろう。

 私が話しかけてくるとは思わなかっただろう。

 それとも、私の存在に気づかなかったのかも。


 ありえる。

 彼は基本的に他人に興味はなさそうだ。


 「図書室で借りましたよね、司書の先生から聞きました。『  学園の思い出』」

 本当はカードを見て知ったのだけど、そういうことにしておく。  


 司書の先生はこの学校でたった一人の私の味方だ。

 いくらでも話をあわせてくれるだろう。


 「うん、読んだよ」

 彼は頷いた。


 「・・・桜、興味ありません?」

 私は言った。


 彼はすぐに話を飲み込んだ。

 校庭の古い桜の話だと。  

 この学園の伝説の話だと。


 といっても、あの本を読んだ私と彼くらいしか知らないだろう伝説だが。


 「・・・ある。スゴイある」

 いつも何にも興味がないような顔をしている彼が、不意に好奇心をみせた。


 「私と検証しませんか」

 私は提案してみた。


 

その本は卒業生の一人が、在学中の思い出を記したものだった。


 意外にも・・・。


 「意外にも面白いんだよね。たいていああ言う自費出版のモノって、資料としての価値はあるけど、作品としてならつまんないんだけどね」 


 彼が私の思っていたことを代弁して驚く。 


 そう、だ。


 決して安くはないポケットマネーで作られる自費出版の本は、作家になりたかったおじさん達の、作家気分を味わうもので、独りよがりの、読んでいてツライものが多い。


 当時のことを知る資料として読む以外には読みようがないものが多いのだが、あの本は違った。


 プロの・・・。 


 「プロのエッセイより面白い」


 また彼は私が思っていたようなことを言った。


 心を読めるのかと思った 


 そして、私の表情のない顔をも読んだ。


 「・・・君も同じ意見?」


 微笑まれた。


 少し耳が赤くはなったと思う。


 彼が私の表情を読めるというのは、非常に困った。


 読めないと思ったから安心して近づいたのに。


 「・・・座って」

 彼にベンチの隣を示された。


 座ったけど、嫌だ、心臓が爆発している音まで聞かれてるんじゃないだろうか。


 「とにかく、あの桜の話検証したいです、私は

 私は言った。


 「・・・もうすぐ咲くしねぇ」

 彼は面白そうに校庭の桜の樹に目をやった。  


 樹齢200年は超える桜だ。


 この学園のシンボルだ。


 「・・・いいよ。付き合うよ。桜の話はずっと気になってたから」

 話を何も説明しない前に言われた。


 「・・・はぁ、ありがとうございます」


 私は気合いが抜けてしまった。 

 一晩寝ないで緊張していたのに、スゴイあっけなかった。

 その場でまさかメアドや電話番号の交換になるなんて。

 嬉しいのか嬉しくないのかもわからなかった。

 ただ、呆然としていた。


 


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る