#19. Indigo


 空に、菫の色水を混ぜた。

 今日は紫の雨。

 僕の気持ちが、憂鬱だから。毒の雨。

 しんしんと降る雪に混ざって、青い酸が染みわたる。


 空に、蘭の色水を混ぜた。

 今日は紫の雨。

 僕の気持ちが、穏やかだから。毒の雨。

 ぽたぽたと降る大粒の夏雨が、水たまりを染めていく。


 空に、今日は何を混ぜようか。


「だめよ。毒の雨なんて、からくてまずくてしょうがない」


「……は?」


 君は言う。


「貴方が憂鬱だからと言ってね。何かが悪くなることはないの。貴方が穏やかだからと言ってね。何かが良くなることもないの」


 白い、白い、透明な鈴が言う。


「他でもない君が言うのか?」


「私だって、毒を飲まされちゃ枯れちゃうもの」


 毒は毒をもって制すというけれど、流石に混ぜるのは危険よねぇ。

 混ぜるな危険。

 犬猿の仲なり。


「じゃあ、僕はこの色に何を混ぜれば、いいものを描けるのかな」


 パレットには透明が無い。青も紫も黄色も、毒々しい赤色も。

 白だって、いびつな形で混ざり合って、端から一番強い色に侵されていた。


「さあ。私に聞かれても」


「だよねえ」


「……貴方が描く雨の色が、どうしても毒の色だって言うのなら」


 君は言って、僕のパレットを一枚剥がした。

 その上に新しい白と、黄緑と、ほんの少しの黄色と。

 差し色だろうか。鮮やかな紫を置いた。


「何も考えず純粋に、雨に濡れる私でも描いてみなさいな」


 誰も通わない美術室に、その日は男子生徒がいたらしい。

 彼が卒業までに書き上げた一枚の鈴蘭は、今日も紫の影に浮いている。


 闇の中で雫に打たれる、それはそれは美しい、絵だったとか。

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