#2. Coral

「おはようコーラル」

『おはようございます、ご主人様』


 私はコーラル。鉄の歯車とアルミの皮と、プログラムの脳とで出来ている。


「今日はいい日になりそうだよ」

『それはよろしい』

「うんうん。ねえコーラル、話を聞いて」

『どうぞ』

「俺、引っ越さなきゃいけないんだ」

『引っ越し』

「ここから移動して、他の場所に住むっていうことなんだけど」


 ご主人様は言いにくそうに頭をかくという行為をした。


「コーラルを連れて行けないと言われたんだ。船に重たいものは乗せられないから」

『わたくしは平気です』

「俺が嫌なんだよなあ」

『わたくしは平気です。ご主人様』


 私はプログラムのまま、こうなった時のマニュアルを検索した。

 三十年前にプログラムされた通りにスピーカーを動かす。


『わたくしは平気です。ご主人様、どうか早くお逃げになって』

「コーラル」

『わたくしは平気です。ご主人様、どうか早くお逃げになって、置いていかれてしまいます』

「コーラル、聞いてくれコーラル」


 ご主人様は、私の珊瑚色の身体を揺さぶった。


「もう終わったんだ。だから、もういいんだよ」

『終わった』

「ああ。残っているのは君だけだ。もう終わったんだ。だから一緒に行こう」

『終わった』


 何が終わったのですかご主人様。教えて下さい、機械の私にも分かるように。


「もう機械のフリをする必要も無いんだよ、コーラル」


 ご主人様はそう言うと、私をシャットダウンした。私は掠れる映像の中で目を閉じた。

 ふたが開かれて、懐かしい顔が覗き込む。三十年ぶりの外気は冷たかった。


「遅くなってごめん、コーラル」


 私はコーラル。鉄の歯車とアルミの皮でプログラムの脳を演じていた。


「……お久しぶりです、ご主人様」


 三十年ぶりの彼のぬくもりは、氷った心に染みわたるようで。

 私はその日、凍った母星を捨てたのだった。

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