真夜中の新入部員歓迎会
四月も下旬となった。ここ数日は穏やかな日々が続いている。
おまんさんが女子高生になったことで、家事全般が手抜きになるのではないかと少々不安だったのだが、それは杞憂に終わった。
学校には食堂があるので昼はそこで済ませ、夜はケータリングサービスを利用して晩餐会のような夕食を楽しんでいる。
掃除、洗濯などは元々家事代行業者に依頼していたようだ。日用品などは出入りの業者が配達してくれる。至れり尽くせりだ。
「お嬢様育ちのわしには労働など似合わぬからな」
さすが鶴亀家の御令嬢だけのことはある。
「まだ心はお決まりにならないのですか」
あの夜以来、おせんさんとは何度も会った。その度に結論を先送りしていた。
「ごめん、まだおまんさんと話ができなくて」
双子の片方が子を宿せばもう片方は裏に固定される、この呪いをおまんさんに教えようと決めてから数日を経てもまだ言い出せずにいた。決めたくなかったのだ。おまんさんとはやりたくない。かと言っておせんさんとやれば二度と会えなくなる。どちらの選択肢も選びたくなかった。
「おまんさんとやることなく、おせんさんを表に出し続けられる方法はないものだろうか」
虫のいい話だが、こんなことを考え始めていた。二人のどちらかと子を作ってしまった後で、実は別の方法があったとわかっても後の祭りだ。
そんな考えもあって、まるで不倫相手と別れることもできずズルズルと関係を持ち続けているチャラ男のように、ボクはおせんさんとの逢引を続けていた。
そんなのどかな水曜日の放課後、菊門部長からお知らせがあった。
「は~い、大切なお知らせよ。二日後の金曜日の深夜、天文部恒例新入部員歓迎会を開催しちゃうわよん。みんな、来てくれるわよね」
「ふ、二日後ですか。ずいぶん急な話ですね」
そんな恒例行事があるなら入部当日に話してくれればいいのになあ。露骨に嫌な顔をすると仏右副部長が申し訳なさそうに言った。
「すみません。夜間の校舎使用は許可が必要なのですが、正式なクラブと認められていないので許可が下りるはずもなく、今年は中止にしようと諦めていたのです。ところが……」
「わしが口添えしたのじゃよ。やらせろ、とな」
おまんさんだ。今日は珍しく部室に来ている。茶道部と華道部には毎日顔を出して先輩部員たちに愛の鞭を浴びせているようだが、天文部には週に一度姿を見せればよいほうだ。まあ、天文部は成り行きで入部したのだから当然と言えば当然だが。
「それで金曜日の夜に何をするんですか。接近している金星と木星でも観測するんですか」
「それもあるけどもっと大事なイベントを忘れていない? こと座流星群よ。極大日ではないけれど結構見られると思うわ」
ああ、そうだった。おまんさん問題に振り回されてすっかり忘れていた。
「それはいいですね。是非参加させてください。おまんさん、そんなわけで金曜日の夕食は不要です。悪いけど一人で食べてください」
「何を言っておるのじゃ。わしも参加するぞ」
「えっ!」
予期せぬ返答だった。天文部の活動にはまったくと言っていいほど無関心だったのに、どうして……
「どんな風の吹き回しなんですか。星には興味なんかないんでしょう」
「勝手に決めつけるでない。星は雨が降る穴に過ぎぬが流れ星は別じゃ。願いを叶えてくれるのじゃからな。それ故わざわざ校長に談判して許可を取ったのじゃ。部活顧問もわしが引き受けると申し出てな。そこまでして参加せずしてどうする」
「そうよ~、内ちゃん。仲間外れはよくないわ。幽霊部員でも天文部の一員なんですもの」
「幽霊部員は聞こえが悪い。妖精部員と言ってくれ」
妖精って、そんなカワイイもんじゃないだろ。
しかしまずいことになったな。次におまんさんがおせんさんに入れ替わるのは金曜日の午後十二時なんだ。新入部員歓迎会の真っ最中じゃないか。この二人に秘密がばれたら面倒なことになる。何とかおまんさんの参加を思い留まらせる方法はないものか。
「で、でも、おまんさん。夜風は体に毒って言いますし無理しないほうがいいのでは」
「案ずるな。カシミヤのババシャツとパッチを重ね着していくつもりじゃ」
「流れ星が願いを叶えてくれるってのは単なる迷信ですよ」
「わかっとるわい、そんなこと。さっきからごちゃごちゃと鬱陶しいのう。もしかしてわしに来て欲しくないのか。ははーん、やはり乃子とデキておるのじゃな。夜陰に乗じて乳繰り合うつもりじゃろう」
「違いますよ。馬鹿言わないでください」
「そうです。私はそんな軽い女ではありません」
「ならよいではないか。わしも行くからな」
「はい、決定ね。そうそう言い忘れたわ。休日だけど校内なので制服で来てちょうだい。亜成からのオ・ネ・ガ・イ」
「コ・コ・ロ・エ・タ!」
何がココロエタ!だよ。全然可愛くないぞ。まったく人の気持ちも知らないで。秘密がばれたらおまんさんだって困るだろうに。
こうなったら何とか隠し通すしかないな。せっかくの流星観測会なのに今から気が重いよ。
* * *
「よく晴れていい星空ね。これも日頃の心掛けが良いせいね、うふっ」
菊門部長は尻を振りながら天を仰いだ。現在金曜日の午後十一時半を過ぎたところ。ボクら天文部員四人は本館校舎の屋上にいる。所々に雲はあるがまずまずの星空だ。
こと座はまだ北東の空にある。天頂に達するのが午前四時頃。それから日の出時刻の午前五時頃までが一番観測しやすい時間帯だろう。
「流星群というわりにはショボイのう。二時間も眺めておるのにまだ三個しか見ておらぬわい」
「ピーク時でも一時間に十個くらいと言われていますからそんなものでしょう。でも年によっては百個ほど流れることもあるそうです」
「ほう、それは楽しみじゃ」
仏右副部長、余計な情報を与えて希望を抱かせるのはやめてください。ここから連れ出さなくちゃいけないんだから。
(あと十五分か)
時刻は十一時四十五分を表示している。そろそろ作戦を開始するか。
「おまんさん、ちょっといいですか」
「何じゃ。闇が怖くて一人で便所に行けぬのか」
「違いますよ。何才だと思っているんですか」
とは言ったものの、その作戦でもよかったかなとちょっと後悔する。まあいい。
おまんさんの手を引っ張って二人から離れた場所へ移動する。
「どうした。二人に聞かれるとまずい話でもあるのか」
「はい。実はその、暗いところでおまんさんのセーラー服姿を見ていたら、その、ムラムラとしてきてしまって……」
「ほほう、ニヤリ」
屋上に一本だけある照明灯がおまんさんの顔を照らす。悪魔を思わせるほどに歪んだ笑顔だ。
「そ、それで、人目につかないところで、おまんさんとやりたいなって思って」
「そうかそうか。よくぞ言ってくれた。この時を待っておったのじゃ。闇夜は人の本性を暴き出す。内クンの中で抑圧されたわしへの想いがついに爆発したというわけじゃな」
「そ、そうみたいです。じゃあ、こっちに来て」
おまんさんの手を取って階段の入口へ向かう。部長と副部長は何も言わない。トイレだと思っているようだ。
「で、どこでやるのじゃ。保健室などいいかもしれぬな」
いや、鍵がかかっていて入れないだろ、とは思うのだがどうせ行くつもりはないので「そうですね」と答える。
「ワイルドに体育館倉庫はどうじゃ。跳び箱など使ってヤルのも一興じゃ、ふぉっふぉっ」
だから鍵がかかっているから無理だって、などとは言わずに「そ、そうですね」と答えておく。
階段を降り廊下を歩く。どこへ行くあてもない。時計を見る。十二時十分前。あと少し、おせんさんが現れるまでの辛抱だ。
「おい、さっきから同じ場所ばかり歩いておるではないか。いい加減に決めよ。疲れたわい」
「そ、そうですね」
「そうですね、ではない。もうよい。わしが決める。付いて来い」
おまんさんはボクの腕を取るとグイグイ歩き始めた。着いた場所は本館一階の保健室。
「ここは鍵がかかっていて入れないでしょう。別の場所にしましょうよ」
「案ずるな。観測中に怪我をしたり具合が悪くなった時のために、保健室は開けておくよう頼んでおいたのじゃ。ちなみに参考文献が必要になった時のために図書室も開けてもらってある。本に囲まれてやりたいか、うん?」
「いえ、ここでいいです」
用意周到だな。亀の甲より年の功、七十年生きているだけのことはある。
「あっ、明かりは点けないでください。恥ずかしいから」
「ふっ、相も変わらず照れ屋さんじゃのう。わかったよ」
校庭の常夜灯にほんのりと照らされた部屋の中、ベッドに移動して腰掛ける。おまんさんがセーラー服に手をかけた。
「ほれ、内クンも服を脱がんか」
「ま、待って、服は脱がずにやりませんか。そのほうが興奮するから」
「おやおや変な性癖じゃのう。ならばこのままやるか」
いきなりおまんさんが覆いかぶさってきた。ベッドに押し倒される。時計を見る。午前零時一分前。おせんさん、早く来てくれ。
「これ、腕から力を抜け、苦しいではないか」
「もう少し、このままでお願いします」
「こうも強く抱き締められては何もできぬ。おい、少し緩めよ、聞いておるのか、おい、お……内……さま……」
急に声が変わった。密着している体の感触も違う。重く柔らかい。そして顔にパラリとかかる黒髪。おせんさんだ。やっと入れ替わったか。
「嬉しいっ!」
おせんさんが抱き着いてきた。ちょっと待て。どうしてこうなったか知っているはずだろう。どうして「嬉しい!」なんだ。
「おせんさん、わかっていると思うけどこれは芝居だからね。君をあの二人に会わせないように、おまんさんをだましてここまで連れてきたこと、裏で見て知っているでしょう」
「はい、わかっています。でもしばらくこうさせてください。こんな服を着てこんな場所で殿方と
そうか。表になっている時に、あの屋敷から出たことは一度もなかったんだもんな。しばらく好きにさせてやろう。
「今夜は午前六時まで保健室で身を隠していてくれないかな。入れ替わった後のおまんさんはボクがうまくごまかしておくから」
「心得ました。内様に余計な手間をかけさせてしまいましたね。本当にごめんなさい」
いや、謝るようなことじゃないよ。とにかくこれで今夜の危機は乗り越えられそうだな、よかった……などと油断した時こそ、最大の危機に直面していたりするのである。
――ガラガラ!
いきなり戸の開く音がした。同時に照明が点いた。
「大丈夫なの、乃子ちゃん」
「たぶん。擦りむいただけですから」
まずい、菊門部長と仏右副部長じゃないか。ここにいるのがばれたら大変だ。ベッドの周囲はカーテンが引いてあるので声を出さなければ気づかれないはずだが、隠し通せるだろうか。
(静かに)
抱き着いたままのおせんさんに目配せすると、わかったというように小さく頷いてくれた。
そう、頷いてくれただけならどんなによかっただろう。事もあろうにおせんさんはカワイイくしゃみをしてしまった。
「くしゅん!」
「誰! そこに誰かいるの」
カーテンが開けられた。ベッドの上で抱きあっているボクとおせんさんを見て、立ち尽くす菊門部長。目を丸くしている仏右副部長。
なんだよ、このお約束通りの展開は。「事実は小説より奇なり」じゃなくて、「事実は小説通りである」が正しいんじゃないのかい。
もはやこれまで、我が事終われり……だな。
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