古希女子高生の大いなる野望
入学式は無事終了した。現在、担任の
(あのご老体、まだ何かやらかしそうだなあ)
さっきからおまんさんがチラチラとこちらに目線を送っているのが気持ち悪い。言いたいことは山ほどあるがそれは帰宅してからにしよう。学校では極力接触を避けないと何を言い出すかしれたものじゃないからな。
「はーい、皆さん、入学式お疲れさまでしたあ」
御手柔先生がにこやかに入室した。写真撮影はもう済んだし、後は自己紹介と今後の予定説明で終了だな。昼までには帰れそうだ。
「それではこれからお待ちかねの自己紹介を始めましょうか」
「待たれよ。その前にやるべきことがあるはずじゃ」
おまんさんが立ち上がった。嫌な予感しかしない。
「鶴亀さん、何か意見でも?」
「軍団には
「ああ、それなら私が皆さんを率いていくつもり……」
「だまらっしゃい! おまえさんにそれだけの力量があると思うてか。
「ひっ!」
おまんさんの気迫に満ちた怒号を浴びて、御手柔先生はすっかり怯えている。こうなるとどちらが先生かわからないな。
「直ちに学級委員長を選任するのじゃ。まずは立候補から始めよう。委員長になりたい者、挙手せよ」
誰も手を挙げない。そうだろうな。いきなり面倒な役目を背負い込む物好きなどそうそういるはずがない。いや、いた。一人だけ挙手している者がいた。おまんさんだ。
「ほう、わしの他にはおらぬのか。ならばわしが学級委員長を務めさせてもらう。皆の衆、異存はないな」
反対の声は聞こえてこない。むしろほとんどの生徒が「よかったあ~、押し付けられなくて」という表情をしている。もう少し学級運営に対して積極的になってもいいんじゃないか、みんな。
「さて次に必要なのは副委員長じゃな。内クン、おまえさんがやれ」
「えっ!」
突然の指名を受けて頭が真っ白になる。いや、真っ白になっている場合ではない。反論だ。
「ちょっと待ってくださいよ。どうしてボクなんですか。まずは立候補、それがなければ投票で選ぶのが筋でしょう」
「口答えするでない。国務大臣任命は総理大臣の役目。副委員長任命は委員長の役目。よって委員長権限により内クンを副委員長に任命する。皆の衆、異存はないな」
反対の声は聞こえてこない。むしろほとんどの生徒が「よかったあ~、押し付けられなくて」という表情をしている。そうだよな。聞くまでもないよな。
「わかりましたよ。それで他の委員も今決めるんですか」
「いいや、他は後日でよい。皆の衆、好きに決めるがよいぞ」
どうやらボクと二人でクラスの頂点に立ちたかっただけのようだ。権力欲の塊みたいな婆さんだな。
満足したおまんさんが着席するのを見て、教壇の上で小さくなっていた御手柔先生がにこやかに話を再開した。
「はい。それでは委員の話はひとまず置いておいて、これから自己紹介を……」
「待たれよ。その前にやるべきことがあるはずじゃ」
おまんさんが立ち上がった。着席してからまだ五秒も経ってないじゃないか。だったらずっと立っていればよかったのに。せわしない婆さんだな。
「つ、鶴亀さん、まだ何かあるのですか?」
「席替えじゃ。この席の並びは間違っておる。男女が一列毎に交互に並んでおるのは評価できる。が、何故離ればなれになっておるのじゃ。これでは男女共学の意味がないではないか。隣同士で席をくっ付け男女を接近させるべきである。さすれば『悪い、教科書忘れたから見せてくれよ』などと声を掛けやすくなるし、『きゃ、肘が当たっちゃった、ごめんね』などというわざとらしいボディタッチも可能になるのじゃ。さあ席替えじゃ。皆の衆、立て。男女二列の机をくっ付けて一列にせよ。そして好みの相手を選び好きな席に座るのじゃ」
言い終わるとおまんさんはボクの手を掴んで立たせた。
「な、何をするんですか」
「おう、皆の衆、言い忘れておったがわしと内クンは窓際最後尾の席に座らせてもらうぞ。委員長として教室全体を見回さねばならぬからな。さあ、立つのじゃ内クン。移動するぞ」
強引にボクを引っ張っていくおまんさん。他の生徒たちも立ち上がって二列の机をくっ付けて一列にしているが結局元の席に座るだけだ。男女隣同士で座るのは賛成でも、好みの相手に声を掛けるのはさすがに恥ずかしいのだろう。十五才なら当たり前だよな。
「ほれ、おまえたちはどこか好きな席へ座れ」
窓際最後尾の二人を追い払い、ボクとおまんさが代わりに座る。追い払われた二人はボクとおまんさんの席へ移動していった。すまない、何もかもこの高飛車横暴婆さんが悪いんだ。恨むならおまんさんだけにしてくれよ。
「あの、鶴亀さん、そろそろ自己紹介を始めてもよろしいでしょうか」
「うむ。良きに計らえ」
ようやく自己紹介が始まった。しかしホームルームの時間が押しに押しているので、一人一分の持ち時間が三十秒に短縮されてしまった。春休みの間一分間スピーチの猛特訓をしてきた生徒がいたら許して欲しい。何もかもこの唯我独尊婆さんが悪いんだからね。
「ようやく隣同士になれたのう、内クンよ」
おまんさんが話し掛けてきた。自己紹介中の私語はマナー違反だ。無視する。
「ひやっ!」
無視できないことが起きた。おまんさんが尻をさすってきたのだ。手を払いのけて小声で話す。
「ちょっと、教室で何をしているんですか。やめてください」
「ふぉっふぉっふぉっ、強がりはやめるのじゃ。ピチピチのJKに尻を撫でられて喜ばぬ男子高校生がどこにおる」
「重要なのはJKかどうかじゃなくて年齢ですよ。セーラー服のお婆さんに触られても気持ち悪いだけです」
「何じゃ、その言い草は。苦労して席を隣同士にしてやったのじゃぞ。礼のひとつくらい言えぬのか。この恩知らずが!」
「隣同士になりたいなんてボクは言ってません!」
「あのう、そこのお二人さん。他の人の自己紹介中は静かにしてね」
「ちっ」
御手柔先生の注意を受けて舌打ちするも、素直に口を閉ざすおまんさん。委員長としてクラスのみんなから不評を買うような真似はしたくないようだ。他の生徒のスピーチをきちんと聞いてあげてこそ人の上に立つことができるというものだからな。
しかし担任が新米教師でよかった。ベテランで頭カチカチの中年教師だったら教室内は常に怒号が飛び交っていたことだろう。
自己紹介は滞りなく進んでいく。ボクも適当に喋り、やがて窓際最後尾のおまんさんの番になった。
「はい、やっと最後まできましたね。では鶴亀さん、お願いします」
「わしには野望がある。学級委員長ごときで満足していると思われては心外じゃ。生徒会長、それこそがわしの最終ゴールである」
おいおい、名前も出身校も趣味も言わずにいきなり所信表明演説か。何もかもぶっ飛んでいるな。
「わしが生徒会長になった暁には男女交際大改革を断行するつもりである。スローガンは『産めよ増やせよ!』じゃ。諸君もご存じのようにこの国が抱える最大の問題は少子化である。これを解決するにはどうすればよいか。簡単じゃ。若いうちから子を作ればよい。
早く家に帰ってお昼ごはんが食べたい、心の底からそう思った。
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