好きな人と親友が付き合い始めた

無月弟(無月蒼)

好きな人と親友が付き合い始めた

 私には二人の親友がいる。

 女友達の美里と、男友達の慎。それに私、歩実を加えた三人は、小学校からの仲良し三人組だった。


 仲良くなったきっかけは、なんだっただろう? そうそう、小学三年生の春、転校してきた私に、同じクラスの美里が声をかけてくれたんだっけ。人見知りで喋るのが苦手な私と、明るくて行動力のある美里。性格は正反対だったけど、話が合って、すぐに仲良くなることができた。

 そして慎は、私が引っ越してきた団地の隣の部屋に住んでいた同級生の男の子で、まだ町に不馴れだった私と一緒に登下校してくれたり、放課後は一緒に遊んだりして、これまたすぐに仲良くなることができたのだ。


 そして私を通して、美里と慎も話すことが多くなっていって。いつしか私達は、三人でいるのが当たり前になっていた。

 学年が上がってクラス替えがあると、三人とも同じクラスになって、ますます一緒にいる時間が多くなって。それから中学、高校と、同じ学校に進学して、私達の仲良しの関係は続いていった。そう、昨日までは……




 授業が終わって放課後になると、三人で帰るのが当たり前になっていたけれど。帰ろうと言う私に、慎が少し言いにくそうに口を開いてきた。


「あのさ歩実。実は俺達……」

「え、何?」

「ああ、ええとだなあ……」


 何かを言いたいみたいだけど、中々言い出せない慎。すると代わりに、隣にいた美里が口を開いた。


「歩実、実は私達、付き合うことにしたの」

「えっ……」


 それは寝耳に水だった。いや、実はと言うと、いつかはそうなるような気はしていたのだけど。それが今だなんて、想像していなかったのだ。

 いつからだったかなあ、美里が慎の事を見る目が、少しずつ変わってきてるって気づいたのは。

 最初は思い過ごしかと思ったけど、美里の熱を持った目を見ていると、嫌でも恋をしているって分かって。きっと美里から告白して、慎がそれを受け入れたのだろう。

 二人が付き合うにしても、てっきりもう少し後になると思っていたのに。だって全然そんなそぶりはなくて、今までと変わらない関係が、まだ続くものだと思っていた。


「そっか。二人、付き合いだしたんだ。おめでとう」


 笑みを浮かべながら、二人を祝福する。だけど言葉とは裏腹に、私の心は穏やかではなくて。

 浮かべた笑みは、作り笑い。おめでとうと言っておきながら、本当は心から祝福できていないって、自分でも分かっている。

 親友同士が付き合うのだから、普通なら祝うのが当然。だけど美里と慎が付き合うと言うことは、同時に私が失恋したと言うことだった。


 いつからだっただろう? 美里が慎のことを好きになったのと同じように、私も好きになってしまっていたのだ。だけどもし、その気持ちを打ち明けてしまったら、きっと私達は今まで通りの関係ではいられない。もう親友ではなくなってしまう。そうなるのが怖くて、ずっと気持ちを隠していたのだけど……

 大きくなっていく胸の鼓動を押さえながら、平然を装う。


「急な報告だけどさ。歩実にはちゃんと、言っておかなくちゃって思って」

「うん。教えてくれて、ありがとう、慎」

「それでね。悪いんだけど、私達付き合い始めたばかりじゃない。少しくらい、二人で過ごしたいって思ってるんだけど」

「ああ、うん。分かった。私の事は気にしなくていいから、二人で楽しんできて」


 胸が苦しいのに、気づかないふりをして、愛想笑いで二人を見送る。これで良いんだ、これで……

 美里は慎の事が好きで、慎もそれを受け入れたのだから。私のこの想いは、邪魔でしかない。

 多くの事は望まない。ただいままで通り、三人で仲良くやっていければ、それで満足。そう自分に言い聞かせながら、私も家へと帰って行った。





 そんな事があったのが、昨日の事。一晩経てば消えると思っていた胸のしこりは、依然としてそこにある。

 学校に行けば、嫌でも二人と会ってしまう。気持ちの整理がついていない今、それはとても憂鬱だったけど、行かなかったら行かなかったで、不安がある。もしかしたら二人が、なぜ休んだか悟ってしまうのではと言う、強い不安が。

 もしこの気持ちがバレてしまったら、もう今まで通りじゃいられない。失恋はまだ、我慢できる。悔しいけど、いずれはこうなるって覚悟はしていたから。だけど、友達じゃなくなってしまうのは嫌だ。


 モヤモヤとした嫌な気持ちを飲み込んで、洗面所の鏡の前に立つと、顔を洗って髪を整える。よし、いつもの私だ。

 制服に着替えて、朝御飯を食べて家を出ると、ちょうど隣の、慎とその家族が住んでいる部屋のドアも開いた。

 顔を出してきたのは慎。特に約束をしている訳じゃないけど、私も慎もいつもこの時間に家を出て、二人で登校するのが日課となっていた。


「おはよう」

「……お、おはよう」


 少しぎこちない挨拶になっちゃったけど、慎は特別気にすることもなく、私達はいつものように学校へと向かう。

 歩きながら話すのは、昨夜見たテレビの事や、今日の授業のことなど、他愛もないことことばかり。昨日、美里とはあの後何をしたのか気になるけど、聞いても良いのかな? あんな風に報告されて、何も触れないって言うのも、おかしいよね。

 聞きたいような、聞きたくないような気もしたけど、やっぱり気になるから、思いきって話題に出してみる。


「あの後、美里とは何をしたの?」

「別に普通。町で遊んだり、買い食いしたり」

「そっか……」


 この様子だと、たぶん嘘は言っていないと思う。本当にいつもと、やることは変わらなかったのだろう。違ったのは、そこに私がいたかどうか……いけない、ちょっと嫌な気持ちになってきた。


「なあ歩実」

「なに?」

「あのさ、お前……」


 何かを言いかける慎。だけどそれに続く言葉が出る前に、元気のいい声が私達の会話を打ち消した。


「慎ー、歩実ー、おはよーう!」


 道の先から駆けてきたのは美里。今日も相変わらず元気が良い。

 いつもこの場所で合流して、それから三人で学校に行く。これも見慣れた、いつもの光景なんだけど。


「ねえねえ慎、昨日の事だけどさ……」


 親しげに話す二人を見ていると、胸を締め付けられるような気持ちになる。私はいったい、何を考えているの? 二人が幸せなら、こうして友達でいられるのならそれで良いって、思ったはずなのに。なのにこんなにも苦しいのはどうして?


 態度に出さないように頑張っていると、ふと慎から離れた美里が囁いてくる。


「ねえ歩実、ちょっと話があるんだけど、学校についたら、二人で会えない?」


 慎には聞こえないくらいの、小さな声。

 私は黙ったまま頷いて。そして学校に着くと、慎を教室に残して、美里と二人して人気の少ない校舎の隅へと向かう。どんな話かは分からないけど、誰にも聞かれたくないと言うのは、何となく察しがついた。


「美里、話って何?」

「うん、ええとね……」


 美里は最初、言い難そうにしていたけど、やがて重たい口を開けてくる。だけど……


「今日、慎と一緒に登校してたでしょ。そう言うの、もう止めてくれないかな」

「えっ……」


 なんでそんな事を言われるのか分からなかった。だって、慎と登校するのなんていつもの事だし。どうして急に。

 黙っていると、私が分かっていないのを察したのか、美里はムッとしたように言ってくる。


「だって、彼氏が他の女子と一緒に歩いているんだよ。普通嫌でしょ」

「で、でも私そんなつもりは。別に二人の邪魔をしようだなんて、思ってるわけじゃ」

「邪魔したくないなら、言うこと聞いてよ。それに歩実は、慎と家が隣同士でしょ。おじさんやおばさんとも仲良いし、よく遊びに行ってるけど、そう言うのも控えてほしいの」

「そんな……」

「これくらい出来るでしょ。別に、友達をやめてって言ってるわけじゃないんだから」


 美里の言いたい事が、全く分からないわけじゃない。彼氏が他の女の子と、自分以上に仲がいいなんて、気持ちのいい事じゃないだろう。本当は、美里よりも仲が良いってわけじゃないけど、それでもモヤモヤは残るんだと思う。


「それとも……歩実、本当は慎の事が好きなんじゃ?」

「―—ッ! 違うよ!」


 つい向きになって大きな声を出してしまい、慌てて誰かに聞かれていないか、周りを見る。幸い辺りに人影はなくて、話を聞かれてはいなかったけど、美里にそんな風に思われてしまった事が、とても悲しかった。


「……分かった、言う通りにする。でも、時間をずらして家を出て、三人で登校するのはいい? 放課後は、二人きりにさせるから」

「うん、それなら……私だって、別に歩実の事が嫌いになったわけじゃないから」


 美里はそう言ってくれたけど、あんまり嬉しくなくて……いや、嬉しいはず。だって、今まで通り友達でいてくれるんだもの。嬉しくなきゃ、いけないはずなんだ。友達でいてくれるのなら、それ以上もう何も望まない……


 そこまで考えたところで、チャイムが鳴った。

 言いたい事を全部言い終わっていた美里は、「行こう」と言って歩いていき、私もその後を追う。ズキリとする胸の痛みには、気づかないふりをしながら。




 その日の夜、家に帰った私は、一人自分のベッドの上で仰向けになっていた。宿題もあるけど、やる気が起きない。昨日から色んな事がありすぎて、気持ちが追い付かないでいる。失恋しただけでも辛いのに、あんな事を言われてショックだった。だけど、だけどそれでも私は、美里の言うことを聞かざるを得ない。


 そうしていると、ふいにスマホが震え出した。手に取って画面を見て驚く。そこに映し出されたのは、慎からの通話着信の表示。

 電話に出るべきかどうか迷う。美里は、慎と一緒に登校する事も、家に遊びに行くことも禁止してきたけれど、電話は? 電話で話したことがバレたら、嫌われたりしないだろうか? そんな不安が頭をよぎって、出るのを躊躇してしまう。


 だけど、どうしてこのタイミングで慎が電話してきたかも気になる。迷ったけど、結局画面をタップして、スマホを耳元へと持っていった。


「……もしもし」

『ああ、歩実か?』


 聞こえてきたのは慎の声。今日も放課後になると、美里と二人で帰って行ったけど、美里は今、そばにいたりするのかな?


「慎、今どこにいるの? 美里は、近くにいたりする?」

『美里はさっき家まで送って行って、俺も今は自分の部屋にいる。それよりお前、大丈夫か? 何だか今日、元気がなかったみたいだけど』


 美里がいない事にはほっとしたけど、私の様子に慎が気づいていた事は、しまったって思う。自分では平然を装えてるつもりだったけど、慎の目は誤魔化せなかったみたい。どう答えようか迷っていたら、慎の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。


『やっぱり、俺のせいか? 俺が、美里と付き合いだしたから』

「違っ、そんなこと無いよ」


 そう答えつつも、心臓の音は大きくなっていってる。そして……


『無理しなくていいよ。


 ――――ッ! バレていた!


 それはずっと、ひた隠しにしていた私の本当の気持ち。

 美里は、私が慎のことを好きなんじゃないかって疑っていたけど、それは間違い。私が好きなのは、慎ではなく美里の方だ。


 小学校の頃、引っ込み思案だった私の手を引いてくれた美里に憧れた。慎も加えて、三人で一緒にいる事が多かったけど、私にとっての一番は、いつも美里で。

 だけどこの想いに、美里は答えてくれないと言う事は分かっていた。それどころか、もし本当の気持ちがバレたりしたら、気持ち悪がられるかもしれない。友達じゃいられなくなるかもしれない。それが怖くて、今までずっと隠していた。


 この恋は、叶わなくていい。友達でいられるのなら、それ以上はもう望まない。そう覚悟していたから、昨日美里と慎が付き合うことになったって聞いても、我慢することができたのだ。今日、慎と二人でいたらダメだと言われた時は、ショックだったけど。慎の事も、大事な友達だって思っているから、寂しくて。そして美里に、そんな風に思われていたと言う事が悲しくて、胸が苦しくなった。


 だけどそれでも、私は文句の一つも言わない。惚れた弱みと言う奴だ。

 失恋しても、嫌な事を言われても、それでも好きと言う気持ちは止められなかった。 嫌われたくないから。せめて友達と言う関係だけは壊したくないから、素直に言う事を聞くしかなかった。そんな私は、愚かなのだろうか?


 私は電話の向こうにいる、慎にそっと問いかける。


「……慎、私が好きな事、美里は知っているの?」

『いや、たぶん気付いていないと思う。俺は、何となくそうじゃないかって思っていたんだけど……本当に大丈夫なのか?』


 心配そうな慎の声。もしこんな風に、慎に心配されているって事を美里が知ったら、嫉妬するかな? だけど慎は、何か他意があって電話を掛けて来たわけじゃない。純粋に私が心配だっただけだ。慎は昔から友達想いで、私が美里の事を好きだって気づいても、笑うわけでも引くわけでもなく、ただそれを受け入れてくれる優しい奴。きっとそんなところに、美里も惹かれたのだろう。

 だけどね慎、心配してくれるのはありがたいけど、これじゃあ美里、ヤキモチ妬いちゃうよ。ダメじゃない、大事な彼女なんだから、美里の事だけを考えなくちゃ。


「平気だから。それより、明日の朝だけどさ。少し早くに家を出て、先に美里に会ってあげて。私も、後から追い付くからさ」

『あ、ああ……』

「ありがとう、心配してくれて。じゃあね」


 それだけ言って、後は返事も聞かずに通話を切る。これで美里に言われた通り、明日は一緒に登校しなくてすむ。


「ねえ美里。私、ちゃんと美里の友達を出来てるかな?」


 ベッドの上に仰向けになりながら、溢れてくる涙をごしごしと拭う。

 もしかしたら今後、美里は私の事を、だんだんと疎ましく思うかもしれない。だけど出来るだけそうならないように、気を付けていきたい。恋は実らなかったけど、せめて友達ではいたいから。




 叶わなくても 気付いてもらえなくてもいい

 どんな形であれ あなたの傍にいられるのなら

 あなたが近くにいるだけで きっと私は、幸せなのだから

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