第8話 おわり

 幸い姫を探しにいこう

 金銀錦の輿かつぎ

 幸い姫を探しにいこう

 陽気な楽隊ひきつれて

 幸い姫を探しにいこう

 東の果てのその先に

 幸い姫はいるという

 赤白黄色の花々と

 歌う小鳥にかこまれて

 幸い姫はいるという

 幸い姫を探しにいこう


 これがわたくしの主人の祖国に伝わります幸い姫の歌でございます。幸福をもたらすという姫君。この素晴らしき御方がどのように麗しい御姿をしていらっしゃるのでしょうか。おそれおおくも、わたくしのようなものも夢想し、ほんのひと時でもかまいませんからまなこに映してみたいものであります。

 ええ、主人の祖国がその後どうしたかとお尋ねになりますか。そのことでしたら皆目見当もつきません。わたくしにはなにをさしおいてもせねばならないことがございますので。ああそうでございますね。主人の留守中に情報を集めもしないとは、不忠であるとそしられても返す言葉はございません。ですが、祖国の現状はどのようであるか、主人がご存知になられましてもさほどのことはないでしょう。たとえ跡形もなく滅び失われていたとしましても同じでありましょう。旅を中断することはないでしょう。主人が主命を果たしていないから、というのもございますが、探し求めているのは“幸い姫”でございます。その絶大な御力をもちいますれば、いかなる不幸なありさまも打ち消して余りあるのではないでしょうか。そういたしますと、わたくしが浅はかな思慮のもと、ふらふらと動き回りますよりは、ここでこうして主人の戻りを待つほうが最良であると判断したのでございます。

 おろかであるとおっしゃいますか。さようでございましょう。わたくしは一介の馬にすぎません。あなた様、人に劣るは道理でありましょう。

 わが主人は、己の身に何事かあればその後はわたくしの好きにするが良い、とおっしゃってくださいました。先代の主人によってわたくしが無為に長いあいだ待ち続けていたことを憐れんでくださったのです。本当にうれしい言葉であります。

 ならばここにこうしている謂われはない、と。いいえそのようなことはありません。己の身に何事かあれば、と主人はおっしゃったのです。わたくしの耳はかの方の身に何事かあったとは聞いておりません。わたくしの目はかの方の身に何事かあったのを目にしてはおりません。ですからわたくしはここでこうして主人を待つのです。

 あなた様もほかの皆様と同じことをおっしゃるのですね。なにゆえ真なる証もなしに結末を語るのでありましょうか。主人は必ず戻ってまいります。テオドール様は絶対に帰ってこられます。

 行かれますか。あなた様がわたくしの白い毛並みを褒めてくださったことをうれしく思っております。それでは、あなた様の道行きに幸多からんことを。

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幸い姫 あけるの @gokigen-pon2

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