第87話 出待ちする先々代
「蘇芳様っ、見てください! パンダゴハンダにサインをもらえたのです!」
撫子は興奮した様子で蘇芳に色紙を見せる。そのサインは崩してあるがパンダゴハンダと書いてあった。中の人は徹底して演じているらしい。かなり練習したのだろう。
とてもきらきらした撫子の瞳に、『ああ、あれの中の人ってアズールなんだよな。ああ見えて演技力すごいよな』なんて言えなかった
「あ、あぁ。良かったな。お前の手裏剣ショーも見たかったんだが」
「いいえ、私のショーよりパンゴハショーの方が遥かに素晴らしかったです。チャーミングでエキサイティング、そしてアグレッシブなのですから!」
「急にカタカナ語を喋るようになったな」
妹的な部下がこの国に馴染んでくれるのは蘇芳も嬉しいのだが、どうも学習ペースが普通に勉強するより早い気がするのが悔しい。
撫子は色紙をカバンにしまい、ふと蘇芳の服の違いに気付く。ジャケットを脱いで、腕まくりをしたままだ。
「蘇芳様、上着はどうなさったのです?」
「上着? あぁ、調理前に脱いだんだ。確か、置いたのは調理場だったか」
確か庭でジャケットを脱いで、調理場に置いて、作ったのカツ丼を持ってブランの元に向かったのだ。ならば調理場に置き忘れたと考えられる。早めに回収しておいたほうがいい。
「撫子、先に会場に戻っていてくれ。好きに過ごしていていいから。そうだな、合流するときにわかりやすいようアズ、……パンダゴハンダの近くにいてくれればいい」
「はいっ!」
パンダゴハンダの近くならば目立つし異性に声をかけられることもなさそうだ。蘇芳はそう指示を出して調理場へと向かった。ジャケットはすぐに見つかった。あわただしく調理人達が働く中だ。
蘇芳はジャケットを着る。そして邪魔にならないよう調理場を出て、その先に居た人物に目を見開いた。
「やぁ。鬼の君。偶然だね、また会えて嬉しいよ」
褐色肌と銀髪の女性が、壁にもたれて蘇芳を待っていた。先々代魔王、グリューネだ。
「……まるで待ち伏せしていたかのようですが」
「君を見かけて追いかけた、というのかもしれない。まったく、私が男性を追いかけるだなんて初めての経験だ。もう年だというのにドキドキするものだね」
蘇芳は警戒を声に出さないようにして会話をする。
相手は武闘派の先々代魔王。その好戦的な性格から異国の鬼である蘇芳達の参戦をとても喜んでくれている。しかしパーティーの場でこんな風においかけてくるからには何かがある。
「なんの御用でしょうか。おれ、私は魔王城にはあまり馴染みがなくて、申し訳ありませんがあまり案内できないかと思います」
「あぁ、そう畏まらないでおくれ。普通に話してくれて構わない。それに案内も結構だ。ここは数百年前には私の城であったのだから」
とても優しい声でグリューネは語りかける。まるで生まれたての赤子に向けるような声だ。それに穏やかな顔をしている。
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