第84話 塗り直した口紅
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その後、黙々とブランはカツ丼を完食した。いつもはひらめいたらすぐ魔物創作に取り掛かるブランだが、今回はそれはない。本当にひらめいているのか、蘇芳にはわからない。
しかし穏やかな顔で完食はしたのだから、なにかしらの答えは見つけたのだろう。小心者である彼女は何も答えが浮かばなければ箸が進まなくなるはずだ。
「蘇芳君」
「な、なんだ?」
「ロゼかアズール君に連絡して。時間稼ぎはもう大丈夫って。あと口紅を塗り直したいからそのまま部屋には戻ってこないで」
落ち着いた声でブランはそう指示する。その瞳や言葉には揺らぎない。ただ、唇の化粧は落ちていた。カツ丼の油のせいだろう。
それを塗り直すということは、完璧な姿で部下達の前に出るという事だ。彼女なりの決意の現れなのだろう。こうなると彼女はやる。そして人前で化粧をしないというマナーを守る程の余裕もある。
「……わかった、伝えてくる」
今の自分にできることは伝言くらいだ。蘇芳は広間へと向かった。そして広間奥のステージの入り口へ向かう。おそらくはその付近に余興の者や司会者が待機しているだろう。廊下はそこに近づくほどに警備や使用人で混み合う。しかしその中でパンダゴハンダきぐるみの姿はよく目立った。
「アズール、ブランはこれから出れるらしい」
きぐるみだけに聞こえるよう告げる。するとパンダゴハンダは頷いた。どうやら現在の舞台上にはロゼと撫子とクララがいて、手裏剣ショーの真っ最中らしい。しんと静まりかえってはわっと歓声が上がっているようなのでなかなかの盛り上がりだ。
パンダゴハンダは舞台袖から何かのサインを出す。それを司会者ロゼは見たらしく頷いていた。
そうこうしているうちにコツコツとヒールの音が舞台裏に届く。男女ともに圧を与えるようなオーラと共にブランがやってきた。黒のドレスに見たことのないような輝きの装飾品。口元には自信あふれるような赤が塗られている。
ブランは蘇芳と目を合わせるとにこりと笑った。ブランをよく知る蘇芳でさえも圧倒される。きっと今の彼女は頼りない魔女ではなく、魔王モードなのだ。
『それでは、長らくお待たせしました。魔王陛下のお言葉です』
ステージ上で魔道具拡声器を持ったロゼは、余興を終わらせ本来の式典の流れに戻す。そして同じく拡声器を持ったブランが現れた。その圧倒される美しさに会場の誰もが息をのむ。
『今日は皆、来てくれてありがとう。魔王ブランヴァイスです』
微笑みをたたえながらの、アイドルのような気さくな口調に少しだけ気は抜ける。しかし彼女はこれでいい。偉そうには振る舞わず、しかし皆を尊重し、誰も否定しない。親しみのある魔王像のためだ。
『魔王になって十年。皆に支えられて今の私は魔王である事ができます。本当にありがとう』
きっと今のブランは嘘をついていない。本心だからこそ彼女は落ち着いて話す事ができるし、皆もその言葉を素直に受け止められる。
『今日は就任十周年の集大成として、この魔王城を守る魔物を作りたいと思います。その魔物には私なりの願いを込めたいと思います。では、少しだけお待ちください』
メインイベントである、人前での魔物創作となる。実情を知る蘇芳は舞台裏から胃を痛むほどにに彼女の一挙一度に注目した。ブランはひらめいたようだが、そのひらめきについては何も聞かされていない。
ブランは魔物捜索の素材となりそうな、骨や魔石すら持っていないのだ。あるのは彼女の魔力だけ。何もない状態で何を作るというのだろう。
しかしいつかのように、ブランはパチンと指を鳴らす。もやのような魔力が練られ実体を得る。現れたのは人影であった。
創られたのは人型魔物。それに気付いたものからざわつき始める。人型魔物は創れるはずのないいものというのは常識だ。
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