第82話 カツ丼
「……アズール君はね、エルフの里に居たんだけど、ある日パンダゴハンダに一目惚れして魔王軍に来てくれたの」
「えっ?」
懐かしむようにブランは語る。中立のエルフが魔王軍に味方する理由、それがあんなゆるい魔物がきっかけなのかと蘇芳は驚きを隠せない。人間に村を焼かれたとかではないのか。
しかしパンダゴハンダは撫子さえも夢中になる魔物だ。あの冷血そうなアズールさえも故郷を捨てる程に魅了してもおかしくはない。しかし撫子とアズールが同じ属性だったとは、蘇芳は思いたくはなかった。
「そんなだからアズール君は私が普段何を作っても絶賛してくれるんだけど、妥協だけは許してくれないの。それはそうだよね。私の創る魔物を愛しているアズール君からしてみれば、妥協は裏切りなんだから」
蘇芳はアズールに荷物を届けてもらったときの、釘を指すような言葉を思い出した。彼にとってブランは神。神の生み出す魔物はすべて愛すべき奇跡。そして蘇芳は神に最近まとわりついている羽虫。
アズールはブランを愛している。恋愛ではなく、上司としてではなく、魔物を創る神として。
ほんの少しだけ蘇芳はほっとしたが、のんびりもしていられない。今は皆が時間稼ぎをしている貴重な時だ。
「ブラン、俺は必ずお弁当を持っていく。だから君は控室で待っていてくれ」
「……うん。考えながら待ってる」
蘇芳は上着を脱ぎ袖をめくって調理場へ向かった。
ブランはドレスの裾を持ち上げ、ヒールの足で控室へと駆け出した。
■■■
挨拶周りの忙しさが途切れた会場内を通り過ぎ、やってきた調理場。立食パーティーなので完成して会場に運び込まれる前の食事がずらりと並べられている。
蘇芳はその中から揚げ物に目をつけた。豚肉のカツレツだ。
さらには卵、サラダに使うのか大量にあったオニオンスライス。そしてつやつやに炊かれた白米を手に取った。
冷蔵庫には珍しいはずのコウの調味料、めんつゆがある。さすが魔王城だ。
まず蘇芳はめんつゆを砂糖と水で調整して玉ねぎと共に煮る。そこに切ったカツを入れ、すぐさまといた卵を流し込む。そして卵が固まりすぎる前に、盛り付けた白米に乗せる。カツ丼というものが完成した。
「……簡単すぎるか?」
完成した一品を見て、蘇芳はそんなことを呟いた。普段彼が作るお弁当と比べれば格段にグレードが落ちている。時間も手間もかかっていないし、とくに工夫したわけでもない。
「豚肉のビタミンに白米の糖、それが脳のひらめきには効くと思うが……」
自分をごまかすように理屈を語る。それでも物足りなさがある。こんな料理ではブランはひらめかないかもしれない。
しかし、蘇芳は思い出した。
ブランは本当は料理がなくてもひらめくことができる。ただ考えすぎていて、まとまらないだけ。そこで料理を食べる事で気分転換になりまとめる事ができる。
そう言ったのは自分だと蘇芳は思い出す。
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