第79話 真面目さゆえ

真面目すぎる言葉だ。それに少しだけブランは笑ってしまう。蘇芳はそういう人で、だから十年前から好ましく思っている。


「そうだな。俺から言える事は、魔王をやめて逃げてはどうか、と言うくらいだ」


ブランの柔らかに笑っていた顔が真顔となる。今、蘇芳から聞き捨てならない言葉が飛び出した。『魔王をやめて逃げろ』ととんでもない提案をしている。

魔王は本人の希望で辞められるものだ。ただ多くの魔物達がそれを納得するはずがない。一般の魔物は彼女が無責任と言うだろう。特にブランの身の回りのものや、出身である魔女達は止めるはずだ。無責任な魔王を持ち上げたつもりはないのだから。


「ちょ、ちょっと待って!」

「どうした?」

「逃げるって、どういうこと?」

「さっき俺から励ます事は俺の都合だからと言っただろう。俺の都合でなく励ますとしたら、『魔王をやめればいい』とならないか?」

「そうなっちゃうの!?」


やはり蘇芳は真面目すぎる。そのためそんな極端な意見が出たらしい。それを当たり前のことのように蘇芳は語っている。


「俺としては君に頼りすぎるのはよくないと思っている。ならば君が魔王でなくなればいい。今すぐには難しいかもしれない。俺も撫子を安心して預けられる所をまだ見つけてはいないし。魔王をやめるとしばらく逃避行になるだろうからな」

「待って。ほんと待って。それじゃ逃避行に蘇芳君も一緒に来るみたいな……」

「行くに決まっているだろう。言い出しっぺだし、俺は君に拾われた恩をまだ返してはいないのだから」


ブランは固まって、それから肌を赤くした。それは駆け落ちのように思えたからだ。

魔王をやめられたとしても、誰かには恨まれるだろう。命を狙われるかもしれないのでどこか遠い場所へこっそり暮らさなければならない。そんな逃避行に蘇芳がついてくる。

もちろん、蘇芳に駆け落ちなんて言葉は思い浮かべもしないだろう。彼は生真面目さから恩を返したいだけだ。


「……蘇芳君の真面目さってすごいね」

「きっと堅物でつまらない奴だと思っているのだろう。よく言われる」

「ううん、すごい。ここまで真面目な人はなかなかいないよ」


しゃがみこんでいたブランは立ち上がった。周囲の白い薔薇を背景に笑う。

もう泣くことも、思い悩むこともなさそうな笑顔だった。


「ごめんね、逃げたりして。私はもう逃げない。魔物を創るね。さすがにいい魔物は作れないだろうけど、魔王である事はやめない」

「……無理していないか?」


急に聞き分けのよくなったブランに、蘇芳は不安になる。しかしやはり彼には下手に励ます事はできないので確認することしかできない。

ブランは頷く。

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