第78話 重荷

「だめじゃない。今はアイデアが浮かばないだけだ。今までだって魔物を創れたじゃないか」


何度めかもわからない、そんな励ましをする。実際ブランには十年分の実績はあるのだからそういうしかない。


「でも、向いていないの。魔王はもっと人間を滅ぼすくらいじゃないと」

「滅ぼすのが魔王の仕事というわけではないだろう。先代魔王だって平和主義だった。魔王の仕事は各地のダンジョンの防衛だ。人間を滅ぼす必要はない」

「ダンジョンに入ってきた人間を倒すのが私の、魔女出身の私の仕事なの! そんな甘い考えでいていいはずがない!」


とっさという感じにブランは叫ぶ。薄闇の庭でその声は響いた。

魔王の仕事は魔石を生み出すダンジョンを守ること。さすがに人間の本拠地まで攻め込むのは好戦的だが、ダンジョンに入る人間は倒すのが当然のことだ。

その当然がブランには苦痛なのかもしれない。とくに彼女は魔女の生まれ。魔女の魔族内での評判はブランにかかっている。その期待と責任はとても重い。


「今、きっとこの場にはグリューネ様が来てる。グリューネ様は長生きで、変わらず魔物創作の能力もある。そして今すぐ人間を滅ぼせるようなえぐい魔物だって作れる、魔王になれる」

「けれどあの人はもう魔王じゃない。先々代の魔王だ」


ブランの言いたいことを察して蘇芳は先回りした。きっとブランはこう言いたかったはずだ。『魔王にふさわしいのはグリューネだ』と。過去魔王だったグリューネが再び魔王に就任できるかもしれない。魔王グリューネは支持を得るかもしれない。

しかし今の世はブランが魔王で、まだ任期も残っている。人気でリコールの気配もない。


そんな事はブランもわかっているはずだった。それでも今、彼女は不安で押しつぶされている。ただ、蘇芳にはこれ以上励ますことはできなかった


「……いや、俺が魔王の仕事についてとやかく言う資格はないか。俺は君にとっての重荷なのだから」

「重荷?」


予想外の言葉にブランは素直に聞き返す。彼女にとっては思い当たることのない言葉だ。


「俺は故郷で居辛くなって、君を頼って魔王軍に所属した。君が魔王でなければ困る立場で、君が魔王であるよう励ますというのは、なんとも都合のよい話だ」

「そんな……気にするような事なの?」

「出された言葉はどう紡いだって俺の都合の言葉だ。そんな言葉で君の心を動かせるとは思えない」


蘇芳は魔王であるブランを頼った。それはブランが魔王でなければ困るということだ。なのに『魔王をやれ』と言った所で、それは自分勝手な要求でしかない。ブランのためにならない励ましとなってしまう。

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