第76話 にくい

「では、ブランはその人物のプレッシャーもあって逃げた可能性があるのか。彼女を探せばいいのだな?」

「……いえ、それだけではなくいつもの、お弁当もお願いしたいのです」


にくい蘇芳にものを頼む事はロゼにとっては屈辱だ。しかしこれは頼まなくてはならない。魔王がいなければ宴は始まらないし、魔物発表もしてもらわなければならない。

なので蘇芳であっても人手は欲しいし、蘇芳の作る料理でこの城を守る創作魔物をひらめいてもらわなくては困る。

しかしひらめく弁当というのをいきなり作れというのは無理だ。


「いや、俺はいつもひらめきを狙って作ってるわけじゃないし、そもそもいきなり弁当を作れと言われても」

「幸いここは各種素材があります。どんな宗教や体質のお客様に対応できるよう牛肉豚肉鶏肉羊肉魚肉爬虫類肉、調味料も。調理場の許可も取っています。何かはできるはずです!」

「しかしだな。それで確実にひらめくわけではないし、」

「こんなこと、あなたにしかお願いできないのです。あれからあなたの仕事を奪おうと様々な料理人を呼びました。しかし誰もブラン様をひらめかせることはできなかったのです」


蘇芳が憎いロゼだからこそ、その能力の有能さはよくわかっている。仕事を奪ってやろうとしたほどだ。しかしふと、おかしな点に撫子は気付いた。


「あの、もっと早くに蘇芳様にお声をかければよかったのでは?」

「あ、ああ、そうだな。俺も普通に宴の準備を手伝っていたし、その時に頼んでくれればこうはならなかったのでは」


ロゼの美しい笑みをたたえたまま視線を背けた。その反応でわかる。ロゼはきっと蘇芳の手は借りたくなかったのだろう。その代わりに別の料理人を呼んではみたが結果は無理だった。そしてそのまま間に合わず今に至る。

蘇芳が最初から呼ばれていればこうはならなかったのでは、と撫子は言いたい。しかし蘇芳は首を振った。


「いや、俺の料理でひらめくとは限らない。あいつは俺がいなくても創作魔物を創れたんだ。その力を信じよう。しかし逃げ出したというのは困るな。探さなくては」


今はブランを探さなくてはならない。料理についてはそれからだ。しかし蘇芳と撫子には受付の仕事がある。


「え、ええ、探しましょう。受付は他の者に任せます。お二人は探してくださいませ。みつかったら舞台奥にある控室、小部屋を用意していますのでそちらに。魔物創作のための素材をいくつか用意して、いつでも創作できるようにしておりますので」

「もしやロゼがウロコや骨を運んでいたというのは」

「魔物創作の素材です。……今からブラン様を発見し、魔物を創作するというのは時間的に厳しいかもしれませんが」

「それでも探そう。あいつは小心者だからな。逃げ出して、今頃自己嫌悪しているに違いない」

「……でしょうね」


ブランの事はよくわかっているような蘇芳の言葉は、普段のロゼなら反感を覚えていただろう。しかし困っている今、蘇芳ほどに頼れる存在はいない。


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