第75話 逃げる隠れる
蘇芳は状況から冷静に考える。
「『出てこない』ということは誘拐や事件事故の可能性は低いのだな?」
「ええ、ブラン様の意思でいなくなったのです。現在厳重な警備をしいているので、城の中かと」
「本人が隠れるか逃げたかしたということか」
「そうなります」
「なぜ?」
蘇芳は素直な疑問を口にした。この宴のことはブランもよくわかっているはずだ。主役が自分なので緊張はしても、皆がちやほやしてくれる場だ。そう嫌なものではないだろう。それにブランは面倒見よく蘇芳や撫子の礼服まで用意していた。楽しみにしているようにも見える。
「蘇芳様は宴の始まりに何があるのか、ご存知ですか?」
「それは……確かプログラムで見た、挨拶だろう。魔王自ら集まった皆に言葉をかけたりするような」
「その挨拶にはこの魔王城を守る新作創作魔物を発表することも含まれております」
ロゼの声は小声だというのに、蘇芳達の耳にはよく届いた。創作魔物。そこまで聞けば蘇芳もある程度事情がわかってしまう。
「これは歴代魔王の就任祝いで、必須の行事なのです。魔王城の守りの要となる魔物を新たに創作すること。魔王就任から十年がたち魔物創作にも慣れた頃、魔王の観点から魔王城に必要な魔物を作ります。つまりこの十年の集大成を皆様にお見せする行事です」
「それで逃げ出したということは、やはり……」
「ええ、いつも通りスランプで、何も思い浮かばず今日このときが来てしまったのです」
カンヅメ。というのは少し違うのかもしれないが、これもいつものパターンで蘇芳はゆっくり目を閉じた。
普段なら慣れないダンジョンの最上階などでブランは生みの苦しみを味わっている。しかしここは魔王城。その名の通り魔王の住む城で、ブランにとってはよく知る場所であるがため、逃げてしまったようだ。
視線を落とすロゼ。その先には記帳があり、ある名に気付いて改めて近い距離で確認する。
「グリューネ様がいらしたのですか!?」
「あ、あぁ……悪魔の女性だろう。その方がなにか?」
「あの方は先々代の魔王陛下です。それも歴代魔王一の武闘派の」
まだ生きていたのか、という言葉を蘇芳と撫子はぐっと飲み込んだ。先々代魔王といえば、就任したのは200年は昔の事だと思う。つまりグリューネは200歳以上生きている。
「悪魔は負の感情さえあれば生きていけますから。彼女が魔王だった頃にはバレーノが滅びかけていたほどで、その時のエネルギーで今も若々しいのかと」
「なるほど、ではあの方が『ブランは孫』というような事をいっていたが、」
「魔物創作の能力を持つ者は、魔王の魂の子となっています。なので先々代は祖父母、ブラン様は孫ということになるのです」
血の繋がりはない。しかし同じ能力を持つ。なので魂の繋がりがあるとして、魔王とその後継者は親子のような扱いになるのだろう。しかし先程からロゼの顔つきは険しいものとなっている。普段のロゼなら『褐色美女悪魔の血を飲んでみたい……!』などとうっとり言いそうなものだ。
「その、ここにいない女性を苦手というのはどうかと思うのですが、私もブラン様も、グリューネ様が苦手なのです」
「珍しいな。血が通っている女性ならなんでも有りで、血とは育てるものと言う君が」
「グリューネ様は人間を滅ぼすおつもりなので、健康な女性の血を飲みたい吸血鬼や、争いを好まないブラン様からしてみれば意見がまるで違っているのです……」
種族として苦手という事で、すんなりと蘇芳は納得できた。同じ魔王軍でも種族により考えは違う。悪魔の考えは『人間を滅ぼして負の感情を引き出すこと』。人間は一割残っている位が理想なのかもしれない。しかしロゼ達吸血鬼は『人間を育て健康な血を飲みたいから危害を加えられない程度に滅ぼしたい』。これでは考えが違って衝突することもあるだろう。
とくにグリューネは尊大な態度でありながら親しげだ。ブランの祖母であろうとする。身近な人間が敵対するほどやっかいなことはない。
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