第74話 悪魔のグリューネ

「いきなり失礼かもしれないが、君たちの事を聞いても構わないだろうか?」

「え」

「君のその額にはえているのは鬼の角とみた。そしてその涼やかな顔立ち、コウの鬼で間違いないだろうか」


グリューネは髪を上げた蘇芳の額に注目していた。確かにそこのは小さいながらも角がある。普段なら前髪で隠れるようなツノだ。それらの特徴から蘇芳達の出身について確認したいらしい。


「は、はい。確かに俺、いえ、私達はコウの鬼です」

「やはり。良かった、会えてとても嬉しいよ。私は悪魔でね、鬼にツノがあると聞いて、勝手ながら親近感を抱いていたのだ。ほら、私もツノがあるだろう?」


言われなくてもグリューネのツノはよく見える。ウシのようなそれは悪魔のツノ。

蘇芳達、鬼のツノの数倍はある大きさだ。大きさは違えど同じツノという事で、彼女は蘇芳達鬼に親近感を持っているらしい。大人びた雰囲気の彼女が、ひとなつっこい幼い顔を見せる。


「いえ、おはずかしい。あなたと比べるには小さなツノです」

「恥ずかしい事は何もないさ。それは君たちの進化の結果だ。ツノなどなくても誰もが君達を恐れるということなのだから。そんなコウの魔物がこの魔王城にいるだなんて、とても喜ばしいことだ」


長々と話をしているが彼女は一体誰なのかがわからない。わかるのはグリューネという名前と悪魔という種族のこと。悪魔とは負の感情で生きる魔物のことだ。この宴に来るくらいならばそれなりに名のある魔物なのだろう。しかし事前に勉強していた蘇芳でさえ、今までの話に聞いたことがない名前だった。


「私はずっと鬼の方々と共に戦う日を夢見てきたのだ。あなた達の参戦はとても心強い。共に人間を滅ぼそう」


グリューネは蘇芳の手を取った。蘇芳はしばらくしてから、彼女が好戦的な種族である事を思い出した。

悪魔が好むのは人間の負の感情。ならば人間を滅ぼす。魔王軍の戦力増強を誰よりも喜ぶ。なによりその戦力は今まで協力しなかった鬼だ。もしかしたらこれをきっかけにコウの魔物も参戦するのでは、と考えているのかもしれない。

蘇芳は周囲に穏健派しかいないため忘れていた。本来魔物とは人間を滅ぼすものだ。鬼は人間と共存していたし、吸血鬼は健康的な人間がいなければ困る。サキュバスもそうだ。しかし悪魔は人間の数が減っていくほうが心地よい。

なので彼女は戦いを望むのだろうが、グリューネの言葉にはどこか血生臭さがあった。


「おっと、連れを待たせてしまっていたのだった。ではな、我が孫の祝いの席だ。共に祝おう」


気付けばグリューネの背後には同じようなツノを持つ男性がいた。彼が連れなのだろう。しかし蘇芳と撫子はそれよりも気になる事がある。


「……孫?」

「何か、言葉が違うとかでしょうか?」


ここはブランの祝いの席。我が孫の祝いの席となれば、ブラン=孫ということになる。それは見た目的にもおかしい。グリューネが祖母には見えないし、ブランが悪魔であるようにも見えない。

だから撫子の言う通り、異なる文化で解釈の違いがあるのかもしれない。


「撫子様、蘇芳様」


孫という言葉のこちらでの意味について、蘇芳達はあれこれ考えていると、ドレス姿の女性が現れた。メイド服でなく黒の飾り気のないドレスを着た彼女はロゼという。吸血鬼の長の娘で、ブランの側近だ。のんびり仕事をしつつ待っていた彼女が自ら来てくれた。予定に区切りがついたのだろう。


「ああ、撫子様。陛下の選んだドレスがよくお似合いですね。髪もやわらかな印象でとても素敵です……と、褒めるときりがないのですが、」

「ああ、後で褒めてやってくれ。ロゼ、君は俺達に用があるのでは?」

「そうです、用があるのです。ああでも状況が変わって、ブラン様をお見かけしませんでしたか?」


きっと宴の裏方として手伝う事になるのだろうと思っていたが、聞かれたのは宴の主役の場所だ。主役がいないという情報は蘇芳に焦りを与えた。


「……それはかなりまずいことではないのか?」

「まずいです。もしかしたら、パーティーが始まっても出てこないかもしれません」


ロゼは声をひそめる。魔王就任十周年という記念の場に、魔王がいないだなんて許されるはずがない。

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