第4話『夢』
夢を見た。まだサヤと出会ってなかった頃の夢。元カノの夢だった。
大好きで、この人とずっと付き合って、将来は結婚するのだろうと思っていた時期もあった。そんな平凡な夢を見てた時もあった。勿論、それは叶わなかった。その原因は…きっと僕なのだろう。
夢の中、どこかの大きい夏祭り。彼女は淡い青色の浴衣を着て、歩くたびに、浴衣の袖が夏の空気を切り、水族館の水槽に漂う海月のようだった。
僕は手を引かれてただ付いて行くだけ。
人の群れ。並び立つ露店。ただの日常の風景。
今はそれさえ懐かしい感覚なのかもしれない。僕は彼女に何かしてあげれたのだろうか?そんな事ばかりが頭を回る。そんな資格なんて無いのに。
彼女は中学2年の時に告白した1年歳上の先輩だった。先輩は進学先に合格したのちに、付き合う事になった。勿論、僕も同じ学校への進学を果たした。
同じ学校に通って、一緒の時間をいっぱい共有したいという彼女からの要望だった。
僕は特にこれといって行きたい学校も無かった。なので彼女と同じ学校へ進学した。故に、親元を離れて一人暮らしをするはめになったわけだが、恋人がいる学生には、一人暮らしは願っても無い環境なんだろう。いろんな意味で。
でも、その時から気づき始めていたのかもしれない。日常への退屈。不満。非日常への憧れ。僕は早くも世界に期待なんてしていなかった。
夢の中で彼女に手を引かれて、ただ付いて行くだけ。こんな時にもこの場に爆弾が投下されて、周り全て火の海になった方が面白いと思ってしまうほどに、このシチュエーションにも退屈はしていた。
彼女の事は好きだ。でも退屈だ。
彼女は実は殺人鬼で、この場の人間一人一人殺し歩く事もない、ただの普通の女性だ。
どこかつまらなそうな顔をしたのだろうか。彼女が歩みを止める。
「先輩どうしたんですか?」
予め用意されていたような当たり前の事を聞く。
「よかったね」
「え?」
人の雑踏でよく聞こえない。なんて言いました?なんて普通の受け答えをする。
「よかったね。退屈な日常から脱却できて。心から望んでいた非日常を手に入れられて。人の理から外れた存在になった気持ちはどう?楽しい?」
先輩らしくない言葉選び。この人は僕の記憶の中にある先輩ではない。夢の中の、僕が脳内で作り出した妄想の産物だ。
「…楽しい?」
「え?」
「※※※楽しい?」
「※※※※※楽しい?楽しい?楽しい?楽しい?楽しい?楽しい?楽しい?…」
僕の方を振り返った先輩の顔を見た瞬間に、目が覚めた。
「はぁはぁはぁはぁ…」
夢…だよな…。
夢の中のだった自覚はしていたんだけど、さすがに夢心地が悪いな。どうか夢であってほしい。そんな叶わぬ夢は届きもせずに行き場も無く部屋中を回るだけ。天にも届かず、誰にも届かず。
「カナメ、起きたか?」
…空気を読めない奴って、きっとお前のことだよ。
「なんだよその目は?」
「黄昏ている時くらい、少し話しかけないって選択肢はないのかよ?」
「そんな気遣い、私ができるとでも?」
「……」
いそいそと準備をして、玄関に向かうサヤ。
「んじゃあ、行くよ」
僕らの非日常が始まった。
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