第3話『カブトムシ』
『カブトムシ』
ジメジメした梅雨は明け、季節は夏。毎年のように最高気温を更新していく昨今。日本だけでなく、世界中の国々での異常気象。恐らくは地球のSOSなのだろう。それを真に受け止めない連中が支配しているのがこの地球という星なわけで。気付いた時にはもう手遅れで、いつかハリウッドのパニック映画のような展開になるのだろう。
夏といえば、カラッとした気候。暑いのだが、不快ではなく、日陰は涼しく、蝉の声、外を走り回る子供の笑い声。
そんな爽やかな夏は最早、ドラマや映画の中だけになっていっている。
ジメジメした湿気の多い、35度以上の気候。暑過ぎて蝉も鳴くことさえ放棄してる始末。実は蝉って、暑さに弱いってのを知ったのは最近だ。夏の風物詩も、流石の限界もあるのだろう。
そんな熱気と湿気に包まれる外から、ようやく家に着いて、冷房の冷えた空気が首を触る。
サヤは冷房をガンガンにかけているのだろう。いや、別にいいんだけどね。熱中症になると困るし。つか、あいつは熱中症になるのか?
そんな事を考えながら、部屋に入ると開口一番
「あ"ずい"〜。死ぬ〜。なんもやる気が起きない〜。アイス食べたい〜。スイカバー食べたい〜」
僕が貸した大きめのTシャツ一枚だけ着て床に転がっている娘っ子。
僕が思春期男子だと自覚して欲しい。その格好は、ある意味僕には毒だ。
深呼吸をして心を正常に保ち、クーラーの設定温度を見る。
"18度"
「おいコラバカ女」
一番低い温度。一般家庭では中々お目にかかれない温度設定。ショッピングモールじゃねえんだぞここは。
「アホ。どんなに下げても24度までって言ったろ」
そう言いながら、冷房を24度に変えようとすると
「バカヤロー…。蝉もな、暑過ぎると死ぬんだぞ?」
何だこいつは?さっきまで僕が考えてた事と同じ事を。どこからそんな知識得た?
「さっき、ワイドショーでやってた。蝉って暑過ぎると死ぬらしい。カブトムシもクワガタも。生命力凄まじい虫ですらキツイんだ。私なんてもっとキツイんだぞ…。チカラが入らない…。スイカバープリーズ…」
ワイドショーは要らぬ知識をサヤに与えている。テレビ禁止にしようかな。
「スイカバー買ってきたぞ…」
そう言いながら、サヤの頭上でさながら釣りをするようにスイカバーを吊るす。すぐにヒットした。お前は鯉か。
すぐに袋を開け、ガジガジとかぶりつく。釣り人の気持ちが少しだけわかったかも。気持ちいいな。
「スイカバーって美味いよな!カブトムシの気持ちも理解できないでもないぞ!」
必死にシャクシャクと食べているサヤに新しい知識を教えてみたくなり
「カブトムシって、確かスイカダメだったはずだよ」
「なっ!?マジか?」
シャクシャクと食べていた口を止め、目を丸くしながらこちらを見てくる。こういう時だけは少し可愛いと思ってしまうのは、僕の甘さかな。いや、チョロいだけなのかも…。
「カブトムシにはスイカって、もう法律で決まってんだろ!」
それはどこの国だ?お前はどこの国の話をしている?日本か?日本なのか?そしたら、些か日本の法律も甘く見られたものだな。
「確か、水分が多過ぎるから、ダメだとかなんとか…」
そんな話を、ネットの記事で見かけた気がする。
「水分が多過ぎる?どの立場で言ってるんだカブトムシごときが」
お前は何様だ?今のは食物連鎖の頂にいる生き物の台詞だぞ。
「虫の王であるカブトムシ様に向かって、なんたる無礼な娘だ」
少し話に乗ってあげる事にした。こっそりと冷房の温度を上げながら。
「なんだと!カブトムシが王なら、私はなんなんだ?お?」
いや、虫の世界ではって話にムキになられても…
「カブトムシなんて、1秒ともかからずに殺せるぞ!だから私の方が上だ!私が虫の真の王だな!」
こいつ、人間である事を捨てたぞ今。
「お前、薄々は思っていたが、人間ではなかったのか…」
「まあな!」
「じゃあ、飯はゼリーでいいな?」
「な"っ!?」
「だって虫の王なんだろ?カブトムシよりも上位なんだろ?なら、スイカバーなんて水分の多いものよりも、安心安全なゼリー食だな」
「はい!私は人間になりましたー!だから普通にご飯食べます!虫の王はカブトムシに譲渡します」
「ふっ、なんだそれ」
少し笑ってしまった。そして疑心もある。サヤが自分の事を"人間"だと。そう言った事に関して、少しだけ胸がざわめく…。僕はサヤが虫だと言った方が、まだ納得ができる。人間と言い切った事の方に違和感が付き纏う。
僕が思うサヤは、間違いなく"人間"ではない。身体能力。精神構造。そして初めて会ったシチュエーション。今までの"行動"から。全てにおいて人間を遥かに凌駕している。だけど、こういう普通の会話をしている時だけは、あどけない普通の少女なのだ。
少しだけ考え込んでいる時に、思い出したようにサヤが
「そういえば、まだ報道されてなかったぞ」
食べ終わったスイカバーの棒を咥えながら、ワイドショーがついているテレビを指差すサヤ。
「そう」
少しだけ季節に似つかわしくない空気が流れる。それを断ち切るかのように、
「あっ!」
空気が元に戻るスイッチをサヤが押したように声を上げる。
「なんだよ?びっくりするな」
冷房はサヤにバレないように25度まで上げる事に成功していた事に少しだけ勝った気持ちにもなっていた。
「私が勝てない虫いたわ!」
「なに?」
「G」
「oh…確かに」
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