第7話

「分かった。でも、最後にお父さんと一緒に泳ぎたいな。あそこの岩場まで、一緒に泳いでくれる?」

指差した先の岩場はここからそう遠くない、50メートルくらい先にある、小さな岩場だった。お父さんは私の機嫌がなおったと思ったのか、あからさまにホッとした顔で

「いいともいいとも、それぐらいならお父さんにも泳げそうだ」

明るく笑って頷いた。父はあまり泳ぎが得意ではない。というか、スポーツ全般が得意ではない。私はそれを分かっていて父を誘ったのだ。それに、私は知っている。あの岩場に行くまでに潮の流れが極端に早くなっている場所があることを。

岩場の多さや元々の海流の関係もあるんだろうけど、私が知っているのは、そこに行けば父は確実に溺れるだろうという事だ。何故そんな事を知っているのかと聞かれれば、私にも分からない。私はこの海辺には初めて来たし、海流の事など知りようもない。ただ、私の中の何かが囁いているのだ。


あそこへ行けば、全てが手に入る。愛しい者の『永遠』を手にする事ができる、と。

だから私は、連れて行かなきゃ。父を、あそこへ。


お父さん。

お父さん、お父さん、お父さん。

優しくて、おだやかで、私を一番愛してくれた人。


だけどもう、私だけの人じゃないなら。

私だけを愛してはくれないのなら。


「夏南、泳ぐの速いなあ。お父さん置いていかれそうだよ」

私の少し後ろをなんとか着いてきながら、早くも息が上がっている父が話しかけてくる。わたしはは父を振り返り、とひわきりの笑顔を向ける。自分ていうのも何だけれど、今まで父に見せか笑顔の中でも過去最高のものだと思う。

笑い返そうとする父の目の前で、私の体が前触れもなく沈む。父の慌てたような声が、水の中からでも聞こえる。夏南、夏南!と取り乱した父の声と、必死に水をかく音。

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