第6話

優しく笑いながら頭を撫でてくれる。ああ、やっぱり私は愛されている。そう感じて父の首に腕を回して抱きついた。父も笑いながら抱き返してくれ、少し休もうか、と岩の上の平らな部分に私を座らせてくれた。

ありがとう、とお礼を言ってお尻をつける。焼けた岩肌は肌にヒリヒリとした痛みを与えたけれど、隣に父も座ってくれているだけで、痛みも和らいでいく気分だった。

「夏南、今日はお前に大事な話があって海に誘ったんだ。聞いてくれるね?」

穏やかな声で言われ、私はこくりと頷いた。父の口調は優しかったけれど、私に向けられる眼差しは、怖いくらいに真剣だった。

「お父さんとお母さんは、もう仲良くできなくなってね。…残念だけど、お別れすることにしたんだ」

そんな事はもうとっくに知っていたけど、私は素直に頷いた。多分この後、父は私を引き取りたいと言うだろう。そうしたら私は、真っ直ぐにその胸に飛び込んでいこう。

「だから夏南、お前はこれからお母さんと二人きりになってしまうけど、頑張るんだよ」


え?


父の言葉がよく理解できない。なに、今、何て言ったの?

「明日にはお父さんは家を出ちゃうけど、夏南の事はいつも想ってるからな。困った事があったら、いつでも連絡してくるんだよ」

現状を飲み込めない私を置いて、父はいつものように優しく笑いながら続けた。


連絡?会いに来なさいじゃなくて、連絡?母と二人きりになっちゃうけど?

え?え?え?


頭の中は疑問符でいっぱいだ。なんとか絞り出した声はみっともなく震えていたけれど、それでもどうしても確認しなければならない事があったため、私は唇をこじ開けるようにして口を開く。

「お父さんは、私を愛してるのよね?だったら、だったらなんで…」

「もちろん愛してるよ、夏南。だけど、お父さんと新しく暮らすお姉さんは子供が嫌いなんだ」

いつもと変わらない優しい声で告げられたのは、予想だにしなかった衝撃の事実だった。父には好きな人がいたのだ。その人が子供が嫌いだからという理由だけで、私を母に押しつける程好きな人が。

なんで、と呟いた私を父が優しく宥める。だけどその声に含まれた、聞き分けのない子に対する微かな苛立ちと失望を感じ、私は食い入るように父を見つめる。

「夏南は賢い子だから、理解してくれるね?お父さんを困らせたりしないだろう?」

いつものように優しくわたしの頭を撫でるその手が、何故かその時は身震いするほど嫌だった。気持ち悪いとさえ感じてしまう程に。

お父さんは、すっかり黙りこくってしまった私の機嫌を取ろうとしているのか、自分がいかに私を愛しているかを長々と語っていたが、私の耳はそのほとんどを聞いていなかった。

「だからな、夏南、」

「分かった」

膝を抱えている私が泣いているように見えたのか、背中をあやすように撫でる父の手から一刻も早く逃れたくて、父の声を遮るように口を開く。父の顔を真っ直ぐにひたりと見つめ、私は精一杯悲しみに耐える娘の顔と声を作り、弱々しく笑んでみせた。

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