第4話
「だから私に近づいたの?」
自分でも自然な声が出たと思う。それでも竜貴は一瞬言葉につまり、困ったように眉を下げた。
「まあ…あいつがどうしても夏南のこと、水泳部に欲しいっつうから、なんとかしてやりてえな、って…」
ぼそぼそと語る竜貴の言う、あいつ、というのは、きっと彼女のことだろう。
「あ、でもそれだけじゃないぜ。夏南といると、すげえ楽しいし」
にかっと笑う竜貴は、やっぱり優しい。だけどその笑顔も優しさも、たどっていけば全てが彼女に注がれているのだろう。
優しい竜貴。私の事を何でも分かってくれて、受け入れてくれた強い人。だけど彼が想っているのは、
私じゃ、ない。
暗く冷たい水が、足先から頭の天辺まで満ちていく。
竜貴。
竜貴竜貴竜貴竜貴竜貴竜貴竜貴竜貴竜貴竜貴。
なんで私じゃないの。あんなに良くしてくれたじゃない。
ごぼごぼと、重たい水音が頭の奥であがる。同時に、途切れ途切れの昔の記憶がチカチカとまぶたの裏で点滅し、立っていられない程の目眩に襲われる。バシャリと水音をたて、プールの真ん中で、私の体は水中へと倒れこんだ。
「夏南っ!」
竜貴の慌てた声が聞こえる。どぷどぷと水が私を包んでいくのが分かる。不思議と恐怖は感じなかった。だって、私は知っている。水は、私を傷付けないことを。優しい腕に抱かれているようで、心地よくて目を閉じた。
それを最悪の事態と受け取ったのだろう、竜貴が慌てて飛び込んできた。
優しい竜貴。
大好きな竜貴。
竜貴の腕が私に伸ばされる。水中でも分かる、優しい体温。私は竜貴の手首を掴み、自分の方へと引き寄せた。助けを求めていると思ったのだろう、竜貴は私に頷いてみせた。
優しい竜貴。大好きなあなた。私のものじゃないのなら、
ごぼりと大きく空気が竜貴の口からもれる。驚愕に見開かれた目が、私を真っ直ぐとらえる。
ああ、竜貴が私を見てる。
わたしだけを、見てる。
ほの暗い愉悦が喉の奥からせりあがり、私の唇を笑みの形に歪めた。竜貴が、必死に私の指を喉から離そうともがくが、水中で私に敵うものは、多分水泳選手くらいだ。
竜貴の目が極限まで見開かれ、空気が大きな泡となってごぼりと彼の口からあふれる。それをぼんやりと眺めている内に、私は全てを思い出した。
あの日も、こんな風に最愛の人の首を絞めた。最愛の、父の首を。
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