第18話 支部長の責務

教頭会というのがある。市内または県内で時々会合があっている。大きな組織なので、いくつかのグループに分かれて、テーマを決めて研究したり、それぞれの学校の事案を持ち寄って解決の手立てを報告し合ったりしている。

ある年、東部地区の教頭会支部長に﨑田教頭が就いたことがある。その年は、4月から3月まで、やたらと電話で「支部長の…」「私、教頭会東部の支部長をしております」と枕詞を付けて会話をしていた。

実際に支部長さんがどのような業務を担っていたかは知らないが、﨑田教頭の、支部長としての任務は、他の人のそれとは少し違いがあったように映っている。

年度末をあと2月後に控え、職場では、まもなく退職を迎える先輩方の還暦のお祝いの話が持ち上がり、会を執り行う。﨑田教頭は、東部の校長・教頭会の中で、還暦を迎えられる先生のお祝いの会を企画実行する幹事長になっていたようで、その方へのお祝いの記念品を何にするかずっと考えていた様子だった。

東部の管理職間に連絡事項が発生すると、すぐに受話器を取り、積極的に電話をかけた。昨年度は、決してそのようなことはなく、市や県の教頭会というものがあることは知っていたが、各々が何をしているかなど、まったく分からなかった。それが、今年はやたらと電話をかける姿とその会話の内容が頻繁に職員に知らされていた。

『支部長』である自分に酔って、そのことを私たちにアピールしたかったのがありありと行動に現れていた。

滑稽でつまらないなと思ったのが、還暦祝いの品を「ワイン」にしたいと思った彼が、何校もの校長先生にリサーチの電話をかけていたことだ。勤務時間中に、学校の電話を使って、堂々と、気の利く部下の体を見せつけて…。教頭の仕事が、2ヶ月にも渡って、記念品調査がメインでいいのだろうか。お伺いから決定通知、値段の設定、購入の手配、プレゼンターの選出などなど、一件の還暦祝いのためにどれだけ電話をかけ、時間をかけ、アピールを積み重ねたと思うか。年度末のしなければならないことは山とある中で、どうかすると、午前中いっぱい贈り物談義で終わるという、東部地区の管理職のくだらなさを知ってしまう。電話の向こうで、

「﨑田君、その話は時間外に」

と忠告してあげる人はいなかったのだろうか。

私や嶋中教諭に、放課後の職員室での会話は、内容をよく考え、私語やくだらない話は控えるように言っていたのに、自分は、業務中に学校の電話で飲み会の話をする。支部長という名前を傘に着て。多数の職員から聞かれていること(聞かせているのだから)を分かっていて、それなのに、そのことが執務怠慢であることに気づかないという悲しさ。こんな人から教育実習を受けたかと思うと20年前とはいえ、間違った指導を受け、それを疑いもなく信じてきたことは罪なのではないかと思うほどだった。

彼がどんなにご機嫌とりをしても、校長になれるはずはなく、むしろ、いいように利用され、笑われているのに、一生懸命尻尾を振る犬は、その姿を客観的に見ることはできないのである。

支部長の大切な仕事、上役の機嫌を取り、プレゼントに全神経を注ぐこと!また一つ面白いことを学んでしまった。

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