第8話 月曜日問題の解決
以前記した、特別に支援を要する女児を月曜日にサポートする人がいない、いわゆる無い袖は振れない月曜日問題であるが、あの時あんなに他の職員には余裕がない、職員の増員も見込めないと言っていたにも関わらず、4月10日に、臨時採用で1人職員が加配されることになった。
教頭は、校長からその知らせを受けた時、明らかに肩透かしを食らったような顔をしていた。そして、全職員にもったいぶってさも自分の手柄かのような形容詞を付けて告知した。
「先生方、来週から1人職員が加配されることになりました。昨年度から何度も何度も要望していた私共の声に市が応えてくれました。ですね、教務主任」
振られた教務は、そんなことしてたっけ?という顔をし、いつものことと聞き流した。
そして、ニューフェイスに何を受け持ってもらうか、校長から説明があった。
「6年生の音楽、月曜日全時間と火曜から金曜の6校時のむっちゃんの支援、6年生中心になりますが、これで、月曜日の米良さんにしっかりとした支援ができることになります」
良かった。どんな人が来るのか会うまでは不安だが、これで、月曜日清田先生に負担をかけなくて済むし、1週間を通してむっちゃんに関わってもらえたら、一貫した指導ができる。嶋中春乃さんが新しく仲間になる、どんな方なのだろう。
4月10日、出勤すると、校長室にリクルートスーツに身を包んだ若い女性がいた。嶋中さんだった。春乃という名前で勝手に年配の人を想像していた。全然違った。大学を卒業したばかりの初々しい若者だった。
すぐに挨拶に行った。音楽とむっちゃんでお世話になる。1年間、よろしくお願いしますと言わせてもらった。
しかし、彼女にとって岩戸小に勤務することは、﨑田教頭の意地悪のターゲットになることとつながっていた。彼は、若い女性に焦点を当てて、憂さ晴らしやマウンティングをする人だった。長いものに巻かれ、強い者に媚び諂う彼は、その反動で弱い者若い者を痛めつけてバランスを取る振り子男だった。
教頭は、春乃先生が校務や教科指導で知らないことが多いのをいいことに、個別指導と称して校長室に呼び出し、泣くまで説教することが何度もあった。彼女も意地があるので、呼ばれた際は、今日は泣かないと決めるのだそうだ。それなのに、指導法のアドバイスを通り越して、人格の否定、同僚の批判、職場への負担などを常套句に、その場に居ることすら堪えかねる状況に追いやるのだそうだ。すみません。以後気を付けます。分かりました。ご指導ありがとうございます。いつも、反省の弁を述べて更衣室に駆け込み悔し涙を流すのだと言う。
彼の粘着性満載の説教は、経験者にしか分からないテイストがあり、声、台詞、仕草、目線、空気…何もかもが異様な気を発した。
春乃さんと私は、教頭の餌食として位置付けられ、交代で、もしくは、春乃さんが私よりも若干多い割合でパワハラの被害者になっていたのである。私たちは、よく一緒に退庁した。彼女を送りながら、自宅前に車を停め、1時間以上話し込んだ夜が何度もある。
﨑田教頭のパワハラに耐え、むっちゃん母の要求に悩み、同学年担任との温度差に疑問を感じ、先輩たちのパワハラ回避術に感心しながら、やっと3ヶ月が過ぎた頃、不意に職員室後ろの出入口から、
「おはようございます」
と言いながら入室してきた人がいた。﨑田教頭の不祥事を処理した茂森先生だった。
「元気にしとるね」
相変わらず神出鬼没で、一切の構えや奢りのない登場だった。
「元気です。何事ですか?何をしに来られたのですか」
「あんたの顔ば見に来たとたい。どうね、軌道に乗ったね?」
「いやぁ、毎日てんてこ舞ってます。でも、前向きに過ごしています」
「そうじゃもんなぁ、あんたはきつかって言わんとやもんなぁ」
「言ったところでですものね」
「まぁ、顔を見たら、無理しとるかそうでないかくらいは分かる。いやぁ、貴本が、『松田先生ピンチです』ってメールして来たけん。こりゃ、顔ば見らんばやろうと思って、お前に会うために来た!」
「貴本君、今週復帰して来たばかりですよ。私の仕事ぶりとか分からないはずですよ」
「そいが、3月お見舞いに行ってやったとやろう?その時の顔と違う。って、久しぶりの顔からまずいって思ったみたいだぞ」
「そういえば、昨日か一昨日、『松田先生………大丈夫?』って言われました(笑)」
「お前はお前らしく、あんまり頑張らんちゃよかとぞ!」
「はい、肝っ玉に銘じます(笑)」
このやり取りを、﨑田教頭は仕事片手間に聞き耳立てて聞いていた。茂森氏が帰るとすぐに私の前にやって来て、どういう関係?と聞いてきた。
「けやき台の時の上司です。今、メル友です」
と答えると、
「はぁぁぁん、そう?」
何とも返答に困った反応を示した。
(こちとら、知ったんだぞ!あんたの悪事一から十まで)と言わずに、
「先生もご親交があられるのですか?」
と聞いたら、
「いやいや、有名な方だからね」
と無難な返し。
それから、私へのパワハラは無くなりはしなかったが激減した。バックボーンの力をこんなに実感したことは後にも先にもこれしかない。なので、春乃さんもその傘下に入れたいところだったが、春乃さんには、父親が、かつて県教委にいて、現在は有名私立高校の校長であるという、大きな後ろ盾が付いていた。しかし、その事実が明らかにされるのが、半年以上過ぎた頃だったので、それまでのパワハラは私のそれと反比例するかのごとく増えてしまうことになった。
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