第4話 鳥獣コレクター?
島で勤めている間に自家用車がかなり傷んでいた。潮に吹きさらされ、ナンバープレートや目立たない部位のネジが錆びていた。年数も経ち、走行距離も伸びていたので、新生活が落ち着いたら、買い替えを念頭に車屋さんを巡ってみようと思っていた。
ある日曜日、気になっていたメーカーのショールームを訪ね、カタログを持ち帰った。助手席に置いていた何冊かのカタログを、車を愛して止まない庁務員さんが目にして話しかけてきた。
「松田さん、車替えるとね」
「はい、今のがだいぶガタついてきたので」
すると、一旦周囲に視線を送って近づき、
「できれば、今は我慢した方がいいよ」
と耳打ちされた。
「﨑田教頭絡みですか?」
「うん。あの人がこの学校にいる間、新車を買うのはやめておいた方がいい」
「噂は聞いたことあるけど、具体的に何があるというのですか」
「ここでは、わしが、見回ってるから何事もない。先生たちの車に変化があったらすぐ気付くし、手入れのアドバイスもしてるから、あの人は手を出さないでいる」
「パンクとか傷つけとかあるんでしょう?」
「前の学校では何件かあって、カメラ仕込んだ先生がいたそうだよ」
「校長に訴えて警察を入れた学校もあったと聞きました」
「浦西の話かな」
「彼が転勤になるまでって、いつになるんだろう」
「とにかく、急がない方がいい。車のことで何かあったら、いつでも言ってこんね」
「ありがとうございます」
教頭に関する噂は様々あるのだが、1番知られているのが、車をパンクさせるという非道な行い。常々意見が対立する職員だとか、会議で困った発言をした者とか、機嫌が悪い時とか見回りの最中にブスッとやっている話は何度も聞いたことがある。それは1件や2件ではない。車の他にも、文書を失くされたり、データを消されたり、濡れ衣を着せられたりした被害報告があっていた。しかし、どれも証拠が示せず状況からの思い込みである可能性もなくはなかった。
「松田先生、パソコンにUSBを付けたまま席を離れたらいけないからね」
私にアドバイスをしてくれた人がいる。今まさに、私が使っている業務用のパソコンを使っていた前任者が、せっかく苦労して作った行事の計画書や学級指導に使うはずだった資料を全部消去された事案があったらしい。その前日に会議で意見を戦わせた人だったそうで、九分九厘教頭の仕業だとみんな思っていた。大事な文書は、二重にバックアップを取るようにした。
そんなある日、1つの噂が自分の身に降りかかった出来事がある。出勤して、職員室で仕事をしていたら、クラスの女子が私を呼びに来た。どうしたのか尋ねると、
「教室で鳥が死んでいます」
と言う。
「分かった、すぐ行く」
出た。気にくわない職員の机や持ち物に動物の死骸を忍ばせるという噂。ついに来たか!私が狙われたのだ。彼の魂胆は、死んだ動物を見て驚いたり騒いだりする女子職員や子どもたちを見たいのだ。そして、助けを求めてほしいのだ。
とりあえず、どういう状況で鳥が死んでいるのか見てみよう。新聞紙と軍手を持って教室へ。私を呼びに来た子どもと
「窓ガラスにぶつかっちゃったかな」
と言いながら、行ってみると、鳥が死んでいたのは、ガラスの前ではなく、教卓の前。教室の前方中央部。鳥が、器用に入口から侵入したとしてもあの位置でぶつかって死ぬわけがない。いつ死んだのかは分からないが、触った感じではずっしりと重さがあり少し硬直していた。
ここ数日のことを振り返っても、迷惑をかけたわけではなく、また、意見を対立させたわけでもない、それなのになぜ、死骸放置のいたずらに遭遇しなければならないのか。彼の不定期試し行為なのか。彼の狙いが何だったのかは分からないが、慌てず騒がず、冷静に対処し、子どもたちをパニックにさせることもなかったので、「朝から鳥事件」のことを知る職員はほとんどいなかった。
それにしても、教頭は、鳥や小動物の亡骸をどこで手に入れているのだろうか。コレクションしておいて、ここぞという時に出動させる?ホルマリン漬けとかにしている?いや、さすがにそんなことは…。たまたま校内を巡視していてガラスに激突した鳥を拾い、それを嫌がらせか何かで移動させる。悪趣味もいいところだ。ただ、彼の計算違いは、私がキャーとかいやだーとかいわゆる女の子の可愛い悲鳴をあげず、何事もなかったかのように対応したことだ。
「教頭せんせーい、助けてくださーい」
なんて言えない。口が裂けても言わない!
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