第2話 過去の不始末
岩戸小には、他にも知り合いがいた。離島を離れる前に電話で挨拶したら、腰を痛めて入院しているという。気になっていたので、挨拶の後、島の名産を手土産に病院を見舞った。ベッドで横になりながら、退屈そうにセンバツ高校野球を見ていた。
「元気そうじゃない。救急車で運ばれたって言うから、もっと唸ってるかと思ってた」
「だいぶ良くなったのさ。もう、歩けなくなるんじゃないかと思ったほどだったんだよ」
「へえー、そう?で、いつまで入院しなきゃなの?」
「あと3ヶ月くらいかな」
「そんなに!」
「手術とかも勧められてて、悩んでるのさ」
「まっ、この際しっかり治さないとね」
「そうそう。焦って帰る職場でもないし…。あの教頭の顔を見ないだけでも随分違う。松田さん、知ってる?あの教頭。最悪だよ」
「知ってるよ。実習の指導教官だもの。たった今挨拶してきたけど、チェッみたいな扱いだったよ」
「うわぁ!だったら分かるよね、奴の異常性」
「詳しくは知らないけど、良い噂は聞かないね。異動の内示があって、友達に岩戸になったよってメールしたら、『ご愁傷様』って返信してきた。浦西小で嫌な目に遭ったらしい」
「彼の被害に遭った女性が何人もいるよ。俺たち男でもメンタルやられる時あるもん。何なのだろうね、俺、今年度、何回彼と刺し違えようかと思ったもん」
「市教委の指導事案も引き起こした過去があるんでしょう?」
「そうだよ。その聴き取りをしたのが、我らがリーダー茂森さんだよ」
「ふぅん、そうだったんだぁ」
「ちなみに被害に遭った方も松田さん知ってるはずだよ」
「えっ?誰だろう」
「けやき小にいた時一緒だった人で、可愛かった人いたやろう?」
「たくさんいたよー」
「けやきの後に赴任したところで奴と一緒の学校になって、問題になったらしいよ」
「あ〜、石川さんかな。確かにけやきの後あそこに行った。奴も確かにそこにいた話は聞いたことある」
「ねっ?俺は彼女とは会ったことないけれど、美人で才女だったんでしょ」
「うん、とっても素敵な女性だったよ。私と変わらない年だよ。まだ結婚してなかったなぁ」
「それがさぁ、あの教頭、そんなにカッコいいわけではないのに、何故、手出すことできるのかって、もっぱらその話に行き着くわけよ」
「口が上手いんじゃない?権力も持ってるし」
「でもあの背格好だよ。美女と野獣ってやっぱあるんだねぇ」
「ははあん、ちょうどその頃に茂森先生が委員会にいたってわけ」
「で、不祥事の聴取や後始末をしてあげたってこと」
「そう。だから、俺は茂森さんと繋がってる(飲み仲間)から、こないだしつこくどういう関係か?って聞かれたよ」
「私、茂森さんとはメル友だ!」
「奴は、俺たちがここまで知ってるなんて1ミリも思ってないはずだよ」
「口にするのも腐れる感じ?」
「そうだよ。お前ふざけんなよって思うけど、面倒くさいから立場を立ててハイハイハイって言ってるわけさ」
「貴本君でも奴に気遣うんだー」
「そうだよ、ストレスで腰やっちゃったんだよ。返せ!俺の健康!って言いたいよ」
「あ〜、島から帰って来て近いところに転勤したのは嬉しいけれど、よりによって﨑田教頭のいるところとは…」
「しかし、実習の指導教官とはねぇ。松田さんも必要以上の手ほどきを受けたんじゃないの?」
「やめてよ。あぁ、私も入院したーい」
「そういえば、娘さんがうちの長男と同い年だったよね」
「今度5年生ね。二女がおたくの長女ちゃんと一緒じゃないかな」
「そっかそっか、今度中1ね。ってことは、松田さんとこの長女さんは?」
「中3、受験生さー。島での4年間が浦島太郎状態だからね。学校や友達に慣れてくれるといいんだけど。母娘で前途多難な予感」
「広域制度っていろいろ大変だな」
「お見舞いなのに長居してごめんね。早く治して帰って来てね。待ってるからね」
見舞いを終えて自宅に戻り、荷物を整理した。岩戸小の資料にも目に通す。職員名簿をよくよく見ると、全職員のうち3分の1の割合で知っている人がいて、この世界の狭さを感じた。﨑田教頭の悪事を思いつつ、自分の過去を振り返る。不義理を働いた相手はいなかっただろうか…。目の前の段ボールたちが微妙なズレでそっぽを向き、ケ・セラ・セラと笑っていた。
私の過去の不始末は、誰が後処理をしてくれたのだろう。
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