第21話占いの資格

 考えてみれば、この占いの方法も妙だった。場所もそうだが、まずそこに至る道のりも含めておかしいと思う。


 そもそも、なぜ占いなのに二人で入る? 通常、その人の人生を見るものだろう?


 しかし、ここに来るものは全て二人組。出てくるときも、入り口で入場待機している時も、二人一緒に出てきていた。


 ――そもそも、何を占っている? 若菜ちゃんはそれを知っているのか?


 いや、知っているからこそここに来ている。そして、何故二人なのかも知っているに違いない。


「おや、お前さんは何も知らないんだね? なにより裸にもなってない。だったら帰りな。ここは普通の占いじゃない。占ってもらうにも、資格ってのがあるんだよ」


 俺を見て、そう言って追い返す占い師。確かに、中には入ってすぐ出てくる組もいた。そして俺はまだ服を着たままだ。


 ――おい、おい、まてよ。なんだ、裸? いや、裸になんか、なるわけないだろ? それに、それを言うなら、若菜ちゃんだってそうだろう? 一体何がまずかったんだ?


 だが、今の俺にはそんな事を考えている余裕はない。占い師の言葉を聞いた若菜ちゃんが、一気に悲しそうに顔を沈める。


 ――ちょっとまて。確かにこれはまずい展開になっている。


 これまで並んだ労力はこの際気にしないでおこう。並んでいる間、結構楽しい時間を過ごしていた。


 後半は、尋問されている気もしたけど……。


 でも、自分の会社生活の中で、森下さんがかなり関わっているという事も再認識できた。とても有意義な時間だった。


 もう少し、森下さんには親身に接してもいいかもしれない。そんな風にも思えてきた。配置転換の事も、今度ゆっくりと話し合ってみよう。


 そう考える、いいきっかけになっていた。


 でも、それはそれだ。今ここにいる理由じゃない。


 ここに来たがっていたのは、俺ではなく、若菜ちゃんの方だった。その若菜ちゃんのこんな顔を見るために、こんな所に並んでまで来たんじゃない。


 俺は今、そんな理由で追い返されるいわれはない。


「占い師さん。俺はここがどういう占いをするところか知らない。そして、俺に資格がないのならそうなのだろう。だが、この子は資格があるのだろう? アンタは俺には言ったが、この子に向けては言わなかった。なら、この子の望みを聞いてあげてくれないか」


 俺のせいで、若菜ちゃんが悲しい思いをするのは辛すぎる。もし、俺と一緒でないと占えない事なのだとしても、それ以外にも何か占ってもらいたいことはあるだろう。


 だから、ついそう口に出していた。


「ここはそういう所じゃないんだけどね。でも、アンタも変わった人間だね。まあいいけど。お嬢さん。アンタはそれでいいのかい? この男がそう言ってるんだ。それも悪くない話じゃないか?」


 じっとりと、占い師は若菜ちゃんを見つめている。フードに隠れてその顔は全く見えないが、声から女性。しかも、若くもなく年寄りでもない。俺よりも年上という感じでもないだろう。


 ただ、女性の場合は年齢がつかみにくい。


 そんなどうでもいいことを考えてしまう程、静かな時間が過ぎている。


「はい……。では、私の進む道にあるものを知りたいです」


 静かにそう告げる若菜ちゃんの顔を、占い師は黙って見続けている。タロットや手相なんかなじゃない。ただ、黙って見続けていた。


「道は険しい。だが、その方法が無いわけじゃない。それには――。いや、ちょっとまちな」


 ただ、それだけ告げると、占い師は大きな息を吐いていた。それだけの事をしていたようには思えないけど、全身から疲労の色を立ち上らせる。


「どういう事ですか?」


 静かに、若菜ちゃんはそう尋ねる。極力声を抑えたのだろう。だが、その想いは体を前に傾けていた。


「そうだね……」


 そう言いかけて、占い師は急に口をつぐんでいた。そして俺を見ると、何やら考え込んでいる。


「だが、それは一人で聞く必要がある。アンタは一人で先に出て行きな。それが聞けないなら、ここで終わる」


 散々待って入った挙句、占う資格なしの烙印を押された俺。しかも、俺の知る限り前代未聞の一人退出。


 だが、この際文句は言っていられないだろう。若菜ちゃんの瞳に、期待の色が濃く出ている。


「わかった。若菜ちゃん、占いは占いだ。君は君が出来ることをすべきだろう。その上で、しっかりと考えることが必要だ。そして、俺は君の味方だというのを忘れずにいてくれ」


 何でそんな事を言ったのかはわからない。ただ、この怪しげな状況では、若菜ちゃんにもう一度そう言っておきたい気分だった。


「だから、ここはそう言うところじゃないと言っているだろ……」


 深くため息をつく占い師。だが、若菜ちゃんはしっかりと笑顔を見せていた。


「はい、おじ様。しっかりと聞いて考えます」


 そう返事する若菜ちゃんの顔を見て、俺はその場を後にする。薄気味悪い部屋だからというわけじゃないけど、なんだか背中がひんやりとする感じがした。


 ――本当に、大丈夫だろうか……。でも、ここで『何か変な事があった』とかないだろうし、これだけ多くの人間がやっているんだ。危険な事は無いだろう……。


 そう思いながらぶ厚いカーテンをめくり続け、俺は一人で最初の入り口の隣に戻ってきた。

 

 そこで若菜ちゃんを待つ間、突き刺さる視線に耐えながら……。


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