第18話待ち時間

 この場所についてから、かなりの時間が経過していた。


 少しずつ移動していくけど、その先に何があるのか分からない。殺風景な廊下のような場所。そして人がたくさんいるという事だけがわかっている。


 人、人、人。人ばかり。


 その頭を飛び越して、わずかに他と違って見えるのは紫のカーテン。


 おそらくその先は紫色のカーテンで仕切られている部屋があるのだろう。ただ、ずっと先にあるので、その中は全く分からない。


 そもそも、その中は暗闇に近い感じがする。


 若菜ちゃんはそこに何があるのか知っているのだろう。ここの来たがったという事は、ここにあるモノも分かっている。

 だが、俺がそれを尋ねてみても、『ついてからのお楽しみです』とだけ言って教えてくれようとはしなかった。


 ただ、それでも状況から推測することは可能だろう。


 でも、決め手となる情報は得られない。ただ、この場所は若いカップルがたくさんいる事だけは確かだ。中には女性だけの組み合わせもあるが、基本的に男女二人で一組の構成で並んでいる。それだけ見れば、占いとかそういうモノを考えてしまう。男女のペアで占うのか、そもそも一人なのかはわからないが……。


 だが、俺がそう結論付けるのを妨げる情報が目の前にある。俺達のすぐ前は、男二人の組み合わせだった。しかも、腕を組んで待っている。


 ――でも、そういう事もあるよな。俺には関係のないことだ。


 それぞれ自分たちの世界でいればいい。余計なお世話というモノだ。俺にとっては奇異に見えても、相手にとっては俺達の方が奇異だろう。


 もしも、俺の推測が当たっているのであれば……。


 やっぱり占いか何かだろうか? アミューズメント施設の端にあることから、ここもその手の施設なのかもしれない。でも、さっぱりわからない。一定時間たてば前に進むけど、アトラクションにしては進むのが遅すぎる。


 ――二十年前にはなかったと思うが、俺も隅々まで遊んだわけじゃないしな……。


 とはいえ、着実に行列は前に進む。


 ――しかし、ここは本当に変わったつくりだよな。殺風景というか、シンプルというか……。


 この場所も、ちょうど学校の廊下の突き当たりに向かって歩いていくようなつくりになっている。そのカーテンも、よくある視聴覚室にぶら下がっているモノを思い出す。


 ただ、光を遮るぶ厚いカーテンがそこにかかっている以外、この場所には装飾が一切施されていなかった。


 そんな廊下のような場所で、片側に多くの人間が行列を作っている。反対側はそこから出て来た人が歩けるように、真ん中には仕切りのようなものが置いてあった。


 そして、人の熱気がこもらないようにしているのだろう。冷房の風とそれを拡散させるための巨大なファンが心地よい風を届けてくれていた。


 ――これがなかったら、地獄だよな。それにしても、すごい人だ。


 ふと後ろを見てみると、俺達が並び始めた時よりも、さらに多くの人が並んでいた。


 ――まあ、かれこれ一時間半はこの場所で待っている。後続が来るのは当然か……。


 その間、ずっと若菜ちゃんはいろんな事を話し続けてくれていた。


 だから、俺自身は退屈な事は全くなく、学校でのいろんなことがよくわかった。


 中でも、面白かったのは、教師同士の関係性だった。本当に女の子はよく見ている。ほんの少しの情報でも、それを結び付けて核心に迫る。


 考えてみれば、そういう能力に関しては、男は一歩劣っている。


 ――変化に気付かず、痛い目をよく見たよな……。


 思わず昔を思い出して、苦笑いを浮かべていた。


「おじ様?」

「いや、なんでもないよ。ちょっと自分の失敗を思い出しただけだよ」

「え!? 何ですか、おじ様。気になります!」

「あはは、内緒だよ」

「もう、おじ様のいじわる……」


 ぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向く若菜ちゃん。だが、そんな仕草もとても愛らしく見えてしまう。

 

 ただ、若菜ちゃんがずっと話し続けていたから、そろそろ疲れも出るだろう。


 若い時に俺も経験があるが、女は話し始めると止まらない。俺と妻も、少なからずそういう事も経験している。主に妻がそうだったのだが、朝までずっと話していた事もあった。それも電話で……。


 けど、それは『恋人同士』という関係でもあった。そして、楽しく話をしているからと言っても、まったく疲れない訳じゃない。


 ――若菜ちゃんの話は尽きることなく出てくるが、いいかげん話し続けているのは疲れるだろう。


 そう思って試しに、『若菜ちゃんばかり話していても疲れるだろう。面白いかどうかは分からないけど、俺の会社の事を話そうか』と提案すると、『是非!』と力強く帰ってきた。


 ――さて、そう言ったものの、一体何を話すべきか……。


 そうやって考えている今も、若菜ちゃんはワクワクした瞳を俺に向ける。そんな視線を向けられても……。そう思ってみても、今更面白い話なんてないとは言えない。けど、会社の事を中学生に話したところで、面白くもないだろうに……。


 ――でも、言ってしまったものは仕方がない。さて、何を話す?


 それ以上考えても仕方がないので、俺は俺の一日を話す事にした。そこから周りの人の事を話していく。こうやって話してみて初めて思う。


 ――けっこう話すことはあるもんだ。


 でも、若菜ちゃんにとっては全く知らない人間の知らない世界の出来事。中学を経験している俺が若菜ちゃんの話を面白く聞けるのとは全く状況が違うだろう。


 だが、案外若菜ちゃんは俺の話を楽しそうに聞いていた。友田部長の話とかは、さっき会ったから本当に目を丸くして驚いていた。


 だが、営業一課で働いている人間の事を順番に話し続けるうちに、なんだか様子が変わってきた。


「若菜ちゃん? どうかした? やっぱり、会社の事とか面白いもんじゃないか? それとも疲れてきた?」


 話していくうちに思ったが、案外話している時は疲れを感じない。意識が話すことに集中するからだろう。今度は聞き手に回っている若菜ちゃん。そうなったからこそ、並ぶのに疲れてきたのかもしれない。

 

「いいえ、おじ様。疲れていません。それは大丈夫ですけど、もう少しお話をして頂けませんか? 特に、お茶を煎れるのが上手な森下さんの事とか、もっと詳しく知りたいです」


 そう言ってにっこり笑う若菜ちゃんの表情は、いつもの明るい笑顔ではなく、どこか陰を伴っている笑顔だった。

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