第15話疑惑
人はやましい事があると、行動に怪しさを伴うという。その事が脳裏によぎってくると同時に、二人の警察官が俺に話しかけていた。
「さっきから声かけているんだが? 何故無視する? アンタ?」
あからさまに、不審な人を見る目の警察官たち。さっきから声かけてきたと言ってきているが、俺には全く覚えがない。
こういう時は正直にそれを伝えるしかないだろう。多少の怪しさはあったとしても、そういう奴だと思ってもらうしかない。
周囲の視線が突き刺さる。よくよく考えてみれば、サングラスにスポーツキャップ。隣に美少女をはべらすおっさん。
――やっぱり、どう見ても怪しいか……。怪しいよな……。怪しいだろ。そんなこと、俺が一番分かっている。
「すみません、聞こえてなかったもんで。で、何か用ですか?」
サングラスを取って素顔をさらす。別に帽子は野外だからいいだろう。そうやって赤心をもって接することで、人の印象はぐるりと変わる。
「用があるから尋ねてるんだ。オタク、その子とどういう関係?」
――ほら、きた。やっぱりそういう事だとは思ったよ。
だが、その俺の哲学は、普段の俺だからできるのだろう。完全に今、不審人物と目されている俺が、こんな美少女をつれている。素顔をさらしたところで、何にもならない。俺が今更何を言っても、俺の言葉はこの人たちに通じないのかもしれない。
「姪ですよ。この子の両親が海外に行ってるから、私が面倒見ています」
――だが、ここで抗わなくてどうする? 俺は自分で自分をそういう奴だと認めるのか?
友人の娘というのは、少し微妙に聞こえるかもしれない。親族であれば、多少スキンシップが激しいとしても許される。ここはいいおじさんでいいだろう。若菜ちゃんも、俺の事は『おじ様』と呼んでいるから問題ない。
「で、それを証明するものは?」
――やっぱり、とことん信用されて無いな……。
こうなれば、アイツに電話でもしてやろうか? いや、それはそれで少しまずい。いや、少しどころじゃない。まずいことになるだろう。
俺がアイツの立場なら、何してるんだと問い詰める。
――それはちょっと困る。
「口先だけで言うのは簡単なんだよ。誰でもそう言う。何かその関係を証明できるものがあるのか?」
明らかにこの人たちは俺の事を疑っている。そんな人達を納得させるだけの材料を、今の俺は持っていない。
――油断した……。そういう風にみられるのは分かっていた事じゃないか。この間会社で、散々理解しただろ……。
腕を組まなければいい話だ。
手を繋がなければいい話だ。
そんな簡単な事じゃない。俺というおっさんと、若菜ちゃんという美少女の組み合わせが、それだけで周囲の疑惑を招いている。
人の興味というモノは、残酷なほどに無遠慮にのしかかる。
周囲には、俺達をぐるりと囲む人垣が出来ている。人の不幸は蜜の味がするのだろう。いや、それだけの事ではないのかもしれない。
「ちょっと、来て――」
「すみません、何か勘違いされていませんか?」
俺の腕を掴み、任意聴取をしようとする警察官の言葉を遮って、若菜ちゃんが鋭い視線を彼に向ける。
じっと俺と警官のやり取りを見守っていた若菜ちゃん。その目には、軽い苛立ちが混じっていた。
「私とおじ様が何かしましたか? なぜ、そんな事で時間を取られないといけないのですか? 横暴ですよね? 私達善良な市民が、何かしたというのですか?」
挑みかかるような視線を、若菜ちゃんは警察官に向けている。もはや、中学二年生の女の子とは思えない迫力がそこにある。
その迫力に押されたのか、俺には高圧的に出ていた警察官も、少し態度を変えていた。
「何をしたとかは問題じゃない。何かしないか心配なだけだ。市民を正しく守るのが我々の役目だからね。その疑いがある以上、それを確認しなければならない」
少し口調を丁寧にする警察官。だが、もう一人の警察官は、俺に対して相変わらず厳しい眼差しを向けている。
「父は今海外ですので、電話には出られません。母も同じです。ですので、この写真で判断なさってください。ここには、おじ様に頼んで連れてきてもらいました。すごく、楽しみにしていたので、うれしかったです。だから、つい子供っぽくはしゃいでしまいました。もう子供じゃないと、自分では分かっているのですが……。おじ様も、私の事いつまでも子ども扱いするので、つい甘えてしまっています。それがいけない事なのですか? この後、おじ様の息子さんの野球を見に行くのですが、それもいけない事ですか?」
凛とした態度で、その写真を警察官に提示する。大人びたその姿に、俺は自分が情けない姿を見せていたことに気が付いた。
――なんてこった。こんな少女に教えられるなんて……。
やましいと思う事が相手に伝わる。まして、相手は警察官。自分たちを正しいと思い込んでいないといけない仕事だ。そんな人から見れば、さっきまでの俺は確かにやましいことだらけだろう。
だが、俺は何もやましいことはしていない。だから、俺も俺を示すことにした。
「何か誤解をされているのかもしれませんが、私はこういう者です。もし、まだ疑いがあるのでしたら、後日私の会社に来て確認してもらっても構いません。この子の親とは子供の頃からの付き合いです」
俺が差し出した名詞と若菜ちゃんが渡した数枚の写真。それを見ていた警察官は、一応丁寧な口調でそれを俺たちに返していた。
「ご協力、感謝します」
たったそれだけを告げて、二人の警察官は、人ごみの中に消えていく。俺達を囲んでいた人垣も興味を失い、ただの人だかりに戻っていた。
「余計な邪魔が入りましたね。行きましょう、おじ様。ふふっ、かっこよかったです」
そう言って、俺の腕にしがみつく若菜ちゃん。その姿はさっきとはまるで別人のようにあどけなかった。
――いや、君の方がかっこいいよ。堂々としていたのは君だ。それに比べて、俺は……。
若菜ちゃんが渡した写真。その中の一枚が俺の中で懐かしさと共に、とても印象深く刻まれる。
俺とアイツの腕にしがみつく、四年前の若菜ちゃん。それはあの時撮った一枚の写真。
そのはじけるような笑顔の色に、俺は亡き妻の事を思い出していた。
だが、それも一瞬で終わりを見せる。その聞きなれた声によって。
「おっ、
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