第4話ころがりゆく事

 人は誰しも、自分のペースで行動している。それが一旦崩されてしまうと、あっという間に流されてしまうに違いない。


 俺の目の前で、楽しそうに服を見ている若菜ちゃん。鼻歌でも聞こえるんじゃないかと思う程の上機嫌な姿。


 それを見ているうちに、俺はだんだん冷静になってきた。


 ――なにが、どうしてこうなった!?


 結局、ショッピングモールについても貴志は起きなかった。今までそんなに熟睡したことなどなかったのだが、この時ばかりは違っていた。


 駐車場についた時、早速起こそうとしたものの、『きっと、昨日遅くまで勉強していたんだと思います。最近の貴志君は、部活も勉強も一生懸命両立させているみたいです。だから、疲れているんだと思います。このまま寝かしてあげましょうよ』という若菜ちゃんの言葉に、躊躇したのが始まりだった。


 季節は春。だが、幸いな事に今日はまだ涼しさを感じる。おそらく、郊外であることが影響しているのだろう。窓を少し開けておくだけで、車の中でも大丈夫と思われた。しかも、貴志の寝顔がとても気持ちよさそうだったのも、それをかなり後押しする。

 その間に、助手席のドアをそっと閉めて、外で待つ若菜ちゃん。ワクワクしている感じが、その表情だけでなく体全体からあふれているようだった。


 ――本当に、楽しそうだ。


 そこにはあどけない少女がいた。


 普段、気丈に振舞っているものの、この子はまだ十四歳。しかも、両親が海外出張で出かけているから、あの家で一人暮らしになっている。しかも、この子はかなりしっかりしている子だ。そんな態度は微塵も見ることは無かったが、心の中ではきっと寂しいに違いない。そんな彼女が、これほど楽しそうな顔で待っている。


 ――そうだな。これはいい気晴らしになるだろう。こんな時くらいは、少しくらいこの子の自由にさせてあげてもいいのかもしれない。


 そう思って、車のドアを閉めた時には、若菜ちゃんに腕を掴まれていた。


「どうしたんだい?」

「おじ様、ここって人がとっても多いんですよ? はぐれたら困ると思って」


 まあ、確かに一理ある。だが、実の娘って父親に腕組んだりするものだろうか? いや、それ以前に実の娘ですらない。これは、色々と問題があるんじゃなかろうか?


 少し離れた場所にある駐車場から、ショッピングモールの中心に向かう道。周りに人も多くなり始めている中で色々とこれまでの経験を総動員して考える。そうして、至った考えは、やはり『問題あり』と言ってきた。


「若菜ちゃん、やっぱり――」

「おじ様、楽しいですね。楽しみです」


 輝くばかりの笑顔がすぐ隣を歩いている。


 ――それから腕を引かれて色々な所に連れまわされた。


 だが、何を買うという訳ではない。目につくところに飛び込んで、他愛もない話をし続けていた。これが女の子というものだろう。買い物自体を楽しんでいる。

 用事のある買い物であるにもかかわらず、目的以外の物を見て回る。一見、男からすると無駄に見えるその行為も、『いい気晴らしになる』と以前妻は言っていた。


 確かに、楽しそうにはしゃいでいる。その楽しそうな笑顔に、ここに来てからずっとこの子のペースにのせられている。


「おじ様? どちらが似合うと思います?」


 そんな事を考えている間に、若菜ちゃんが俺の前に服を両手に持って立っていた。


「ん? そうだな……」


 ――しばし、考えるふりをする。


 いい加減、俺もおっさんだ。かつては恋愛もしたし、結婚もして子供もいる。妻はもういないが、若い時にはよくデートにも行ったもんだ。だから、失敗もしたし学んでいる。


 ――これは、あれだ。定番のアレだ。男にとって、『魔の質問』というものだ。


 いま、目の前にあるのは赤いワンピースと白いワンピース。


 昔、同じ質問でどちらかを選んで・・・・・・・・失敗した。『わかってないな……』と、妻にもさんざん言われたっけ……。


 ――そして、俺は経験した。数々の失敗を繰り返して得た答えが、これだ!


「どっちも凄くかわいいよ。俺はどちらかというと若菜ちゃんは清楚なイメージの白が似合うと思う。でも、そうやって見ると、赤もよく似合ってるよ」


 ――選ばない! そして、褒める! 褒めまくる。


 これが、俺の人生をかけて生み出した最適解。答えているようで答えていない!


 だが、その最適解を聞いた若菜ちゃん。すぐに俺に微笑みかける。しかも、上目づかいで。


「じゃあ、おじ様。一度着てみるので、見てくださいね!」

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