EP.29 地下一階は何の部屋?
地下一階のワンフロア。そこには扉を開けると真正面に一本の通路があり、その両側に透明な板で覆われた四角い
その透明な板の集まりに目を見開く咲愛也。
「みっちゃん……何?この部屋……」
「何って……お仕置き部屋だけど?」
「……お、お仕置き部屋?」
咲愛也の目が点になる。そんなに驚くほど珍しいものか?
「だから、ただのお仕置き部屋だよ。俺が小さい頃は悪いことすると、ここに閉じ込められて反省させられた」
「えっ……」
「そんなドン引きするなって。虐待とかじゃないから。ただ部屋に入れられて、母さんに地獄の手料理を食わされるだけだから」
まぁ、俺にとっては拷問みたいなものだけど。あんな息子大好きベッタリスイーツな母親とふたりきりで激マズ手料理あーんされるなんてな。幼いながらにほんとツラかった。あ、涙でそう……
その言葉に安堵したような、『それで納得していいのか?』みたいな複雑な表情を浮かべる咲愛也。俺は安心させようと口を開いた。
「ほら、ウチはこんな大きさだからビビるかもしれないけど、一般家庭だと離れの物置とか、押し入れの中とかがそれにあたるわけだろ?」
「えぇ……私そんなことされたこと無いからわからないよ……」
「咲愛也は甘やかされてるからな」
「違うよ!いい子だったからだよ!」
いや。絶対甘やかされてたからだと思う。
そもそも不壇通さんのお宅に『お仕置き』なんて概念無さそうだし、お母さんがキレても哲也さんが絶対止める。どんなに咲愛也に非があったとしても、哲也さんが止めればお母さんは渋々鎮まるんだろう。ほんと、仲睦まじくていい家族だな。
ウチだって、おじさんは俺の教育の為にそうするんであって、俺も『この部屋に入れられるとき』は『相当反省しないといけないとき』だって事の重大さがわかるようになったから、それでいいと思ってる。まぁ、この歳にもなればそんな悪いことしないからこの部屋に最後に入れられたのは十年以上前の話だ。
懐かしい心地になっていると、咲愛也はおもむろに近くの匣に足を踏み入れた。
「へぇ……お仕置き部屋、ねぇ?変なの……」
「そうか?あ、こら!そんな勝手に触るなって。付いてる設備の使い方、よくわからないんだから。空気清浄機とか、掃除用のスイッチしか弄れないぞ?」
「なんで自分家の設備なのにわからないの?」
「いや、俺が出る方法とか知ってたらお仕置き部屋な意味ないだろ……」
「そっか……」
咲愛也はしげしげと匣を眺めると、足もとに転がる鎖を拾い上げた。
「これは?」
「さぁ……?足枷じゃないか?見たところ、部屋と一体で繋がってるみたいだし。使われたこと無いから知らない」
「まぁ、典ちゃんがみっちゃんにコレ使ってたらびっくりだよ。児童相談所案件だよ」
「俺もそう思う。さ、こんなとこいてもしょうがないだろ?夕飯食べよ――」
「みっちゃん、見て見て!」
「?」
振り返ると、咲愛也が自分の足に枷を付けて遊んでいた。ぺたんと座り込み、イタズラっぽく笑顔を浮かべる。
「監禁ごっこ~!」
「もう。何してんだよ……」
「えへへ。私が閉じ込められたら、みっちゃんが助けに来てくれるんだよね!」
「それはそう……」
言いかけると、一瞬。脳が殴られたみたいに視界が歪む。さっきの咲愛也の笑顔が焼き付いたみたいに離れなくなって、心臓の鼓動が急激に早くなった。
(え……なんだ、コレ……)
「はぁ……うっ……」
(息が、苦しい……!)
思わず匣に寄りかかると、咲愛也は不思議そうに首を傾げた。俺は心の中で叫ぶ。
(やめろ……!その目で、俺を見るな……!)
俺は、自分の中に沸き上がった黒い衝動を受け入れられないで混乱していた。できるだけ咲愛也を見ないようにして呼吸を整える。
(こんな、なんで……!?)
『閉じ込められた咲愛也が、可愛いだなんて……!』
こんな感情……!
(忘れたと、思ってたのに……!)
俺の頭には、ある幼い日の記憶が蘇っていた。
あれは幼稚園の頃の夕方。俺と咲愛也は公園でふたりで遊んでいた。
そんな中、ジャングルジムで遊んでいた咲愛也は身体がハマってジャングルジムから抜け出せなくなったのだ。『助けてみっちゃん!』と呼ぶその声と姿に、俺は動けなくなってしまった。
そう。今感じているような黒い衝動が一気に押し寄せて、どうすればいいのかわからなくなってしまったのだ。
本能的にソレが『よくない』と感じた俺は、咄嗟に転んだフリをして砂場に頭から突っ込んだ。口の中に広がる血の味と砂の不快感でその衝動を無かったことにした俺と咲愛也は、その後声を聞いて駆けつけてきた哲也さんとおじさんにふたりして助けられた。
その時の、ずっと忘れていた衝動が、今、俺を再び動けなくさせている。
(だからあのとき、大人になって『あの感情』がどうにかできるまで、咲愛也とは幼馴染でいようと思ったのに……!)
どこかおかしい俺の様子に気づいて声をかける咲愛也。
「みっちゃん、どうしたの……?」
「咲愛也……早く、ソレを外せ。ここから出よう」
「え?うん……」
思った以上に構ってもらえなかったことに不満そうに、口の開いたままの枷から足を引き抜く。そして何を思ったか、俺の腕にひっついてきた。
「ねぇねぇ、もしここに閉じ込められたら、どうなるの?」
「え。そりゃあ、出してもらうまでは窓から食事を入れてもらったり、母さんが合鍵で入ってきて世話焼かれたり……奥にトイレとシャワールームがあるから最低限は暮らせるけど、あんまり長居はしたくないだろうな。何も無いし、とにかく暇で死ぬ」
「へぇ……それって、暇じゃなければイイってこと?」
「何言って――」
その瞬間。ぐい、と腕を引かれる。
「なっ――」
バランスを崩した俺は咄嗟に床で受け身を取った。しかし、その上から咲愛也が覆いかぶさる。
「咲愛也!何するんだ……!」
「何って……こうするんだよ?」
――カシャン……
(え……?)
咲愛也は、俺の足に枷を嵌めた。
「何して……」
俺の心臓は、先程同様に早鐘を打った。上から覗き込む咲愛也の笑顔。
この顔を、俺は知らない……
言葉を無くした俺に、咲愛也は呟いた。
「ねぇ、みっちゃん……今日はお外に出てちょっぴり残念なことがあったね……」
「え?」
「変な人に絡まれて、せっかくのプールが台無しにされて……でも、おウチにいればそんなこともないよね?」
「……咲愛也?」
「ねぇ、みっちゃん?ずっと、おウチで遊ぼうよ?ここにいてよ?」
「…………」
心臓の嫌な音が鳴り止まない俺に、咲愛也は告げた。
「ずっと私の、傍にいてよ……?」
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