EP.30 監禁犯とオトメゴコロ


 俺は見慣れた天井を眺めながら、ぼぅっと思考を巡らせていた。


(どうしてこんなことに……?)


 俺はただ幼馴染と一緒にプールに行って、ヤンキーに絡まれたのを助けて、仲良くゲームして、負けた割には意気揚々と夕飯を作って、それで……呼びに行っただけなのに。


「~~♪」


 ぼーっとする俺の横を、鼻歌交じりの咲愛也が行き来する。俺が閉じ込められたへやを快適に整えようと、せっせとクッションやローテーブルなどを運び入れているようだ。


 ――ここで暮らすつもりか?


 こんなん、そこらの1Kより狭い。

 暮らすなら、上の階で今まで仲良く暮らしてたじゃないか。

 なんで今になって閉じ込めるんだよ?意味が分からない。

 別にこんなことしなくったって俺はどこにも逃げたりしな……


 ……したわ。


 ついこないだ、咲愛也の生着替えから逃れるように家に帰ったわ。

 これはその腹いせ?

 それにしたって限度があるだろ。こんな足枷まで付けて動きを制限して。

 鎖の長さはそこそこあるから自由に動き回れるけど、そもそも匣から出られないんじゃ意味がない。


(鍵があるのは奥の作業場の引き出し……どう考えても届かないな)


 そもそも、咲愛也はどうやって匣に出入りして――


 疑問に思って視線を向けると、端末に鮮やな手つきパスワードを入力する咲愛也の姿が。


(うそだろ……?4桁の数字の羅列……1万通りあったはずだぞ?)


 入力したことは無いので知らないが、確か桁表示が4つあったはずだ。それをどうして咲愛也は知っている?


(まさか、おじさん……?)


 恐る恐る問いかける。


「咲愛也。パスワード、どうやって知ったんだ?」


「え?なんかテキトーに入れたら開いたよ?」


「え?何番だった?」


「ふふっ♪教えるわけないじゃん?」


(チッ……騙されなかったか……)


 さらっと流れで聞きだす作戦は失敗した。

 さすがの咲愛也もそこまでバカじゃない。というか、こういった遊びで咲愛也が本気になると無駄にハイスペックで敵わない。


 でも、おじさんが手引きしていたわけではなさそうだ。これ以上おじさんを信じられなくなるような事態にならなくてよかった。あの人はなんだかんだいって拠り所だから、できれば信じたいんだよ。


 俺は件の叔父に助けを求めようとスマホを取り出した。パスワードさえ聞き出せれば咲愛也が入ってくるタイミングで一瞬外に出て、扉横の端末から足枷のロックも解除できるはずだ。


(ふっ、詰めが甘いな、咲愛也……)


 咲愛也が姿を消したのを確認し、スマホを鳴らす。


「………………」



(地下だから、電波無いじゃん……)



 夢破れ、希望は潰えた。



(どうしよう。マジで打つ手がない)



 再び足元に視線を向けるが、銀の鎖がチャラリと虚しく揺れるだけだ。


(咲愛也が地下室に入る一瞬、電波が流れてきたりしないかな?)


 だが、改めて考えるとそれもどうなんだ?


 もし、それでおじさんに連絡をして、心配して帰ってくるなんてことになったら、迷惑以外の何物でもない。おじさんはただでさえ母さんの面倒を見に、親父のムショの近くに避暑しに行ってくれてるっていうのに。

 こんな子供の遊びに付き合わせるなんて……もう高校生なのに。 

 

 ……そんなことできない。俺は咲愛也と違うんだぞ!


 それに、もしおじさんがそれでウチにとんぼ返りしたとして。きっと母さんはあっちに残るって駄々をこねる。母さんをひとりにしたら、親父に会いたくて施設に忍び込んだり、果ては脱走の手引きをして刑期がさらに伸びるなんてことに……


(ダメダメ!絶対ダメだ!)


 親父あいつには早く出てきてもらって、早く俺とおじさんを楽にしてもらわないといけないんだから!


 俺は諦めてスマホをポケットにしまった。


(どうする……?)


 今の咲愛也は監禁犯。

 だとすると、ここから出るには鎖を千切って鍵を手に入れるか、犯人を説得するかの二択。親しい間柄である俺達であれば、圧倒的に後者が有利だ。


(咲愛也はお遊び半分なんだろうが、楽しげなあの顔から察するに、すぐ飽きるということはなさそうだ。だが、いつまでもこうして迫られてばかりでは、俺の身がもたない……)


 思考する俺をよそに、巣穴にごちそうを運び入れる蟻んこのようにせっせと住環境を整える咲愛也。ほくほくとしたその表情から、俺が待ちに待った獲物であることが伝わってくる。


(愛されるのは嬉しいが、何もここまでしなくても……)


 俺は咲愛也の傍にいるのに。


「…………」


 だが。先程俺の中に渦巻いた黒い感情が、そう口にするのを躊躇させていた。


 この感情を制御できないまま傍にいるのは、危険だ。

 なんとなくだが、そう思う。


 ただぼんやりとその様子を眺めることしかできなかった俺に、咲愛也は声をかけた。


「じゃあ、一緒に晩御飯食べたら寝よ?」


「えっ……」


 まさかお前もここで寝るのか?


 内心で焦る俺の予想に反して、咲愛也は俺の用意していた夕食を運び入れて一緒に食べると『おやすみ』と呟いて帰っていった。

 その後俺は拍子抜けしたまま奥の個室でシャワーを浴び、咲愛也が整えたクッション類に囲まれながら眠りについた。


      ◇


 翌朝――

 ふわりとした甘い匂いにくすぐられ、全身を包むような柔らかさを感じて目を覚ます。地下であるこの部屋に朝陽はささないので、今が何時かわからないが、身体のダルさから察するにおそらく朝だろう。

 だが、このダルさを良い意味で覆すようなこの感触は――


『咲愛也――……!』


 声は、出なかった。だって咲愛也が口を塞いでいるから。


「ん……」


 ――ちゅう。


『このっ……!朝型め……!』


 身体を起こそうと力を入れるも、大きなクッションに埋まったまま寝ていた俺は、その上から同じくクッションに沈み込むように身体をフィットさせる咲愛也に敵わない。寝起きと低血圧のせいで身体の半分も起きていないのもあるが、咲愛也の身体がさっきからむにむにと圧迫してきてこれ以上身体を動かせないせいもある。


「はむ……」


「んっ……!」


「…………あ。おはよう?」


 目覚めたことに気づいた咲愛也が首をかしげる。


「お前っ……朝から何して……!」


「おはようのちゅー」


 平然と答える咲愛也に、もう反論も出てこない。

 呆れる俺をよそに、ふふふと楽しげに笑う咲愛也。


「今の私は監禁犯。これで、みっちゃんの全部、私のものだね?」


「…………」


 咲愛也はそう言うと、さも嬉しそうに俺に抱きついて頬ずりする。そのほっぺはすべすべとして柔らかで、くすくすと肩が揺れる度に黒髪がさらさら零れて……


(うわ。可愛い……)


 正直、朝からいい眺めだ。


 いくら監禁犯とはいえ、所詮は幼馴染の遊び。一晩経って妙に落ち着きを取り戻した俺は、そう思うくらいには心に余裕があった。


 とはいえ、どうしたものか。まずは説得を試みよう。


「そんなにくっつきたいなら、上の階で一緒に暮らせばいいのに。夏休みは元よりその予定だっただろ?」


 『ほれ』と足首の鎖を鳴らすと、咲愛也はむすっと頬を膨らませた。


「それじゃあ監禁の意味がない~!」


「はぁ……監禁に何を求めてるんだよ……」


「独り占め」


「別に家にいたって独り占めだろ?」


 俺、お前以外に友達いないし。


 そう思ってため息を吐くと、咲愛也は対抗するようにため息を吐いた。


「わかってない。全然わかってないよ、みっちゃん……」


「何が?」


 首を傾げると、ジト目を向ける幼馴染。


「だって……プールでは、クラスの子と仲よさげだったじゃん……」


「え。」


「あんな子知らないよ……私、聞いてないよ……」


 やなぎのこと?だろうな。俺もこないだ初めて名前知ったもん。


 だが、そんなことを知らない咲愛也は不満げにそう言ってはぐしぐしと頭を胸元に擦りつける。

 これってもしかして……


「咲愛也、やきもち?」


「……だって、みっちゃんが他の子に取られちゃうかと思うと、居ても立っても居られなくて……そんなの、ヤだよ……」


 すりすり。


「取られるって……そんなわけないだろ?」


 俺、咲愛也以外に興味ないし。


「仕方ないな……」



 俺は、作戦を第二フェーズに移行させた。



「取られないから安心しろって。さ。ここから出て、リビングでケーキでも食べよう?」


 胸もとでぐしぐしと拗ね散らかす咲愛也を抱き寄せて、なだめるように背をさする。そして、耳元で囁いた。



「咲愛也……外して?」



 俺の息が耳にかかると、咲愛也はびくっ!と身を揺らす。

 縋り付く手で俺の服をぎゅっと握り、額を肩にくっつけて甘える動きをみせた。

 こころなしか暖かくなる咲愛也の体温。少しひんやりとした地下室で抱っこするには、心地いいあたたかさだ。


「みっちゃん……」


 零れるような、吐息混じりの声。


(ふふ、効いてるな……?)


 これぞ、色仕掛け作戦。


 咲愛也の好きな優しめの声音で懇願し、意のままに拘束を外させようという作戦だ。咲愛也が俺を愛しているというのなら、この作戦もまた有用……

 チョロすぎる幼馴染の可愛さに内心でほくそ笑みつつ、追撃をかける。


「ほら、外して?」


「…………」


 それまでふにゃりとくっついていた咲愛也は、こくりと頷くと身を起こす。


 そして何を思ったか、自分のシャツの中に手を入れ始めた。

 具体的には、背中側に手を回して


(は……?)


 もぞもぞと、難解な動きをしてシャツの中で身を動かす咲愛也。

 訳が分からないまま俺の目の前に出てきたのは、白いレースのブラジャーだった。


「……これで、いい?////」


 赤面する咲愛也。固まる俺。支えがなくなって揺れる胸。


(確かに、『外して』とは言ったが……)


「そっちな訳ないだろ!?」


「えっ?じゃあ、どっち?下?ちょっと待って……」


 もぞもぞ。


「――!?」


 俺はスカートの下に滑り込むその手を掴んで制止させた。


「足枷だよ!!バカかお前は!?朝から何しようとしてる!?そもそもいつ俺達がそういう関係になった!?」


「……昨日から?」


「!?監禁って……そういう!?」


「だってぇ……////監禁犯は対象を愛するものですから……?」


 もじもじ。


「変態!サイテー!」


「みっちゃん、まるで女の子みたいなこと言うんだね……?」


「咲愛也はもっと女の子らしさを学んだほうがいいと思う!」


「……こう?」


 むにゅ。


「胸をくっつけないでください!せめて下着をつけて!」


「『外せ』って言ったくせに?」


「言ってない!!」


「みっちゃんツレな~い」


 イタズラっぽく身を寄せるのは、さっきのお返しのつもりか?


「くっ……!いいから離れろ!」


 がヤバい!


「やだ~」



 第二フェーズ、色仕掛け作戦は見事に裏目に出て失敗した。


 俺は思う。監禁犯の気持ちオトメゴコロは難しい、と――


 次の作戦は、慎重に選んだほうがいいだろう。

 でないと俺が、痛い目にあう。

 咲愛也はそんな、監禁犯だった――

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