EP.27 夏休みといえばプール その①


 少しして二度寝から目覚めた俺はようやく起きだした脳をゆっくりと動かしながら身体をおこす……と、腕の中にあたたかいものが。

 ……咲愛也だ。

 まるで抱き枕よろしく俺に沿ってぴったりと収まっている。


(なんで?そんな仲良く寝たっけ?結局あの後仰向けで寝た気がするんだけど……)


 ひょっとして、俺、寝相悪いのか?


(…………)


 見なかったことにしてベッドから抜け出し、自分がいたスペース(咲愛也の隣)に身代わりのように抱き枕をそっと置く。変わり身したことに気づかず頬をすり寄せる咲愛也がおバカさん可愛い。俺は洗面台で身支度を済ませるとPCを立ち上げた。


(夏休みっていっても、何処行けばいいんだ?家の中でずっとゴロゴロってわけにもな……)


 人並みの夏休みとはどういうものか、イマイチわからない。俺は友人が少ないし、今までも咲愛也と過ごしてばかりだったから、行きたいところについて行けばそれでよかった。だが、咲愛也の様子を見る限り今年はそれが期待できない。どうせ何処に行きたいか聞いたところで『お布団でイチャイチャ』とか言われるんだろう?そうなる前に外出のメドを立てなければ。

 黙々とPCを弄っていると、メールの着信に気が付く。差出人は……


(おじさん……?)


 ラインじゃなくてPCに?一体どういう……?

 不思議に思って開封すると、そこには夏休みに使えそうなおすすめレジャー施設の情報がURL付きで送られてきていた。


(神か……!いや、暇なのか……?)


 おじさんの私生活に疑問を抱きつつありがたく目を通す。


(…………)


 おじさん、俺達のことなんだと思ってるんだ?


 第一プランとして挙げられたのは『プール』だ。ここまではいい。

 だが、載せられたリンク先は開けど開けどナイトプール。どう見てもパリピ向きなスポットに見えてしまうのは俺だけか?しかも、載せられているのはどこも『遊んだ後はホテルのスイートに泊まろう!』的なプランばかり。というか……

 そもそも『ナイトプール』って何?写真を撮るためのプール?化粧したまま入るのが普通?こいつら何言ってるんだ?酒と音楽を楽しむブース?それ、高校生でも入れるの?インスタ映え間違いなしのLED照明……

 調べれば調べるほど敷居が高い。というか、いかがわしい気がする。

 咲愛也とふたりでここに行って?水着を撮って楽しんで来いってことか?おいおい……


(保護者としてどうなんだ……?)


 今更か。


 黙々とページをスクロールしていると、URLがナイトプール以外に繋がった。


(――お。)


「…………」


 リンク先は、水着。しかも女物。布面積少なめなやつ。


(一緒に選べって?)


「はぁ……」


 思わずため息をついていると、わずかに視線を感じる。


 ――パシャン!


「…………」


 PCは閉じた。光の速さで。


「咲愛也、おはよう」


「おはよ?」


 何事もなかったかのように挨拶するが――


「……みっちゃん、ビキニ好きなの?」


 ――遅かった!


「いや、これはおじさんが――」


 『一緒に選べ』って?言えないだろう。

 黙っていると、咲愛也はPCを開こうと手を伸ばす。当然俺は抑える。


 ぐい。ぐいぐい。


 開こうとする下からの圧と閉じようとする上からの圧が拮抗する。


「…………」


「…………」


 先に口を開いたのは、咲愛也の方だ。


「みっちゃん、やらしい」


「――っ!?誤解だ!」


「……なにが?」


「…………」


 俺は正直に白状した。水着の一覧に目を通して目を輝かせる咲愛也。


「わぁ!可愛い!さすが典ちゃん、いいセンスしてるね!!」


「……え?」


 あの、どう考えても露出度高めな腰は紐的ラインナップが?最近のJKにはトレンドなのか?……わからない。こんなことならクラスメイトのやなぎにもう少し話を聞いておくべきだったか?

 内心でコミュ力の無さにため息を吐いていると、咲愛也が楽しそうな声をあげる。


「ねぇ、これとかどうかな?ふふふ、典ちゃんてば『咲愛也ちゃんはスタイルいいから隠さない方がむしろ自然で可愛いと思うよ』だって!お世辞でもなんか嬉しい~!」


「いや、お世辞じゃないと思うけど……」


 相変わらず、乗せるのがウマいな。呆れるよ、おじさん。


 もはや適当に流しつつアイスコーヒーに手を伸ばしていると、咲愛也が画面を見せてくる。


「みっちゃんはどういうのが好み?」


「そう言われてもな……咲愛也が着れればなんでもいいんじゃないか?」


「え~!私はみっちゃんの好みのやつが着たい!」


「…………」


「みっちゃんの好みの女にな――」


「シャラップ」


「むぅ……」


「…………」


 咲愛也が着ればなんでも可愛いと俺が思っている以上、議論は平行線のままだ。俺はしぶしぶ口を開いた。


「じゃあ……できれば露出度がそこまで高くないやつ」


「なんでぇ!?典ちゃんの意見と正反対じゃん!?」


「…………」


 だって、目の毒だから。あと、公共の場でそういう恰好はなるべく避けていただきたい。俺の戦闘回数が増えるから。だがその反応……咲愛也は露出度の高いのが着たいようだ。


「そこまで言うなら、任せるよ」


「ええ~!」


「…………」


 ……なんだよその反応。

 好みを聞いておいては不満げな声を出し、なんでもいいと言えばぶぅたれる。

 これだから乙女心というものは心底理解に苦しむ。これがわかるんだからおじさんはやはりただ者ではない。


「はぁ……」


 俺は何度目かわからないため息を吐いた。そして、一言だけ添える。


「じゃあ、白いやつがいい」


「……みっちゃんミーハー?」


「…………」


 どうして?白ってダメなの?えっ。可愛いと思ったんだけど……

 俺は自分のセンスが信じられなくなった。


「だって、咲愛也は色白いから、似合うと思って……」


 せめてフォローを、と思い付け足す。すると、咲愛也は目に見えて上機嫌になった。


「えへ……えへへ……そうかなぁ?」


 髪を耳の後ろにかけながら、膝をもじもじ、腰をくねくねと動かしている。

 すっごい、まんざらでもなさそう。


「みっちゃんがそう言うなら……」


「…………」


「白にしようかな?」


 ぽちっ。


 カートに商品が入った。


 俺は、思う。


 乙女心……こんなんでいいのか?――と。

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