EP.24 幼馴染が俺の布団から出てこない


 咲愛也が夕飯を作ってくれるということに密かに感動した俺は、食材をチェックするべくそれとなく一階へ行く口実を口にする。


「じゃあ、一階でアイスコーヒーでも淹れてくるから。荷物の整理が終わったら来てくれ」


「うん」


 にぱっとしたいい笑顔。これが毎日見られるかと思うとつい浮足立ってしまうのは仕方がないだろう。


(なんか、警戒し過ぎてた俺が馬鹿みたいだな……)


 冷蔵庫を開けて中身をチェックし、夕飯のリクエストを吟味する。中にはおじさんが常にストックしているカット済の野菜や各種肉類が一通り揃えられていたので、リクエストは選り取り見取りだ。


(ここは鉄板でカレーか?いや、それだと咲愛也のスキル的には物足りないのでは?咲月さんにコーチングを受けていると言っていたからな……)


 一階でコーヒーを片手に頭を悩ませること数十分。いつまで経っても咲愛也が降りてこない。


(咲愛也、まさか迷って……)


 ――ハッ……


 俺は瞬時に理解する。


 あの、素直な返事を信じた俺が馬鹿だった――!!


 すぐさまコーヒーを置いて三階にダッシュする。ポケットに入れたブザーを確認するが、電池切れではないようだ。


(おかしい……!(おじさんに内緒で)階段に設置しておいた警報装置は鳴っていない!どうやってあのセキュリティをかいくぐって……!)


「まさか……!」


 俺は二階の最奥、咲愛也のいた客間とは反対方向の角に隠されるようにしてひっそりと佇むソレに目を向ける。壁に貼られたパネルには『3』の文字が。


「あいつ!エレベーターを使いやがった……!」


 普段は全く使われていない貨物用のソレは、よくよく探さないとわからないような奥まった位置にある。それをあの短時間で探し出して何の躊躇もなく使うとは……!


(何が『りょうかいです~』だ!舌の根の乾かぬ内に……!)


 俺はエレベーターに飛び乗って私室を目指した。案の定人の気配がする三階。角を曲がって部屋の戸を開く。


「咲愛也ぁあああ!!」


 びくっ!


 ベッドの上で俺の枕を抱き締めるようにして顔をうずめる咲愛也と目が合う。


(……なに、やってんだ……!)


「なにやってんだ!?!?」


 色んな意味でな!


「だってこれ、みっちゃんの匂いがする……」


 そわそわ。


(膝をもじもじさせるな!)


「当たり前だろう!?俺の枕なんだから!」


「ま、毎日これで寝てるの?」


「当たり前だろ!?寝姿勢保持機能に優れたオーダー枕だぞ!そうそう買い替えるような代物じゃない!カバーは毎日変えてるけど!」


「わぁあああ!みっちゃんに包まれてる~♡」


「布団に籠るな!なんでここにいる!?約束破ったな!?」


 声を荒げると、咲愛也は布団からひょっこりと顔を出す。こんもりとした山から顔だけ出ている様はまるで未知の生命体UMAのようだ。こんな愛らしいUMAがいたら世紀の大発見だろうが、そんなものには絆されない。だって、俺は今内心でとんでもなくひやひやしているからだ。


(机の方を振り向かれたらヤバイ……!)


 そこには、ちょこんと置かれたフォトフレームが。中には幼い頃に撮った咲愛也と俺の写真が収められている。


(アレを見られたら……!)


 俺は、学校できっとハブられる。いや、元々友人と呼べる存在はいないが、きっとクラス中、学校中の人間から白い目で見られることになるだろう。

 だって、この歳になって未だに後生大事に幼馴染との写真を飾っているなんて、なんかキモくないか?男子高校生だぞ、俺。絶対キモがられるに決まっている。

 キモがられた上に『佐々木君て小さな頃の不壇通さんの写真を傍に置いていつも勉強してるんだって~一体何を勉強してるのかしら~?』『保健体育じゃな~い?』なんて不名誉にくすくす笑われるに決まってる!


(それはイヤだ!)


 俺は咲愛也の気を机から逸らそうと距離をじわじわと詰める。


「咲愛也、エレベーターを使っただろ?」


「階段を使うなとは言われたけど」


「エレベーターは言われてないって?そんな詭弁を……どうやって動かした?電源は落ちていた筈だが?」


「非常用電源に切り替えて」


 咲夜さんの影響か、咲愛也は無駄にシステム系統に強いJKだった。


(こいつ……!いけしゃあしゃあと!)


 俺のジト目を無視して布団に顔を埋める咲愛也。


 すんすん……


「はぁ……♡みっちゃんの匂いがする……♡」


(…………)


 俺は思わず自分の手首に鼻を寄せた。


(……どんな匂い?うそ、匂う?体臭は薄い方だと思ってたんだけど……)


 ……自分じゃよくわからない。


 おれの匂いなんて嗅いで何がそんなに嬉しいのか。咲愛也は恍惚とした表情ですりすりと布団にくるまっている。


(とにかく、咲愛也を部屋から出さないと……)


 写真に気づかれる前に。


 まるでマタタビでも嗅いだ猫のようにふにゃふにゃとする咲愛也に視線を向ける。その姿を見て、名案を思い付いた。俺はドアの付近に移動してから両腕を広げてみせる。


「咲愛也、こっちおいで。本物がいるんだから、そんな布団に包まる必要なんてないだろう?」


 ――これぞ、『腹減り猫にチュール作戦』。


 布団でなくて俺の方に来させることで机に近いベッドから気を逸らし、ドア付近に誘導。捕まえて、そのまま外へ放り出す作戦だ。


(さぁ、来い……!)


「咲愛也」

「…………」

「…………」


(おかしい……来ない……)


 咲愛也は俺の方を気にしつつも布団から顔を離さない。


(どうして!?チュールより布団キャットフードの方がいいって言うのか?)


 まさか。チュールは俺でなくて布団の方なのか。


「…………」


 地味にショックだ。


「咲愛也?」


 再び呼びかけるが、咲愛也はもじもじしつつも中々出てこようとしない。


「おいで?」


「…………」


「ほら、こっち」


「…………」


 中々しぶとい。


(仕方ない。ここは、咲愛也の好きな『ぎゅってして』を利用するしか……)


 そう思いかけた矢先。咲愛也の視線が机の方に――


(――っ!?マズイ……!)


 俺は、天高く声をあげた。


「咲愛也!!ぎゅってしてやるから!こっちおいでぇえええ!!」


「――っ!」


 すぐさま跳ねるようにベッドから飛び出す咲愛也。俺は野生動物を捕獲するように腕の中に収めると、身を反転させて後ろ手にドアを閉めた。


「はぁ……」


(危な……かった……)


 ため息を吐くと、腕の中で俺とは反対のため息を吐く咲愛也が。


「はぁ……♡やっぱ、本物のがいいね……」


(…………)


 俺は思った。この生活、想像以上に過酷かも、と――


 そして、咲愛也が夕飯を作っている隙に写真を隠した。

 ――誰にも見つからない場所に。

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