EP.23 幼馴染との同棲が遂に始まる
見慣れた玄関の扉が、まるで異世界に繋がる扉のように見えてしまうのは気のせいだろうか。
終業式を終えた俺達は咲愛也の家に荷物を取りに行った後、ふたり揃ってウチにやってきた。案の定というべきか、咲愛也の家には『仲良くね~♡』という書置きが数日前から置いてあった。それをなんとも言えない表情で眺めることしかできない俺。
一方で咲愛也はというと、二度目にもなる訪問にそわそわと浮足立っている。
「ようこそ、いらっしゃいました」
「ふ、ふつつかものではありますが、よろしくお願いします!」
いや。初夜じゃないんだから。そういう言い方やめて、ほんと。
どこかギクシャクしてしまう挙動。だが、それはお互い様なのか。咲愛也が俺の変な様子に気づいていないのはせめてもの救いだった。
ウチに入り、ひとまずリビングをスルーして客間に案内する。
「咲愛也に使ってもらうのはこの部屋だから」
二階の角部屋。咲愛也が来ると思って業者の方に念入りに掃除をお願いした部屋だ。中にはシングルベッドがふたつの二人部屋。泊まるのはもちろん一人だが。中はテレビ、小型冷蔵庫、椅子にテーブルとなんでも揃ったホテルの一室のような造りになっており、これならたとえ籠城しても快適に夏休みを過ごすことができる筈だ。
(ふふん、どうだ?)
『わぁ、ホテルみたい!』その一言を期待して視線を向けたにも関わらず、咲愛也は開口一番――
「え~?みっちゃんの部屋じゃないのぉ!?」
ぶぅたれた。
「いや、どうしてその発想になるんだよ?」
これだけ部屋が余ってるのに。
「ウチに泊まった時は私の部屋で寝たじゃん!?」
「だってあれは仕方なく……」
「私もみっちゃんの部屋で寝る!」
「…………」
それだと困るからこうして部屋を綺麗にしたのに。全然なんにもわかってない。
「あのな、咲愛也。一日くらいならいいけど、一か月もそれだと困るから。俺にも私生活っていうものがあって……」
「あー、わかった!きっとベッドの下とかにエッチな本とか隠し持ってるんでしょ!?みっちゃんも隅に置けないなぁ、このこのぉ!」
そう言って肘でぐいぐいと小突く。
いらっ。
「そんなの無いってば」
「またまたぁ!」
「ほんとに無いから」
だって、俺、黒髪幼馴染美少女以外に興味ないし。
それにそもそも、そういうのを部屋に保管するなんてリスキィなことを俺がするはずがないだろう。ウチにはおじさんっていうハイパー監視者がいるんだぞ?万が一にも性癖なんてバレたら翌日からその手のアイテムを買い与えられて散々冷やかされて遊ばれるに決まってる。そんなバカなこと誰がするか。
だが、平然と否定したところで全く効果は無い。咲愛也は部屋に荷物を置くとおもむろに袖を引っ張った。
「みっちゃんの部屋見せてよ!」
「いやだよ」
「ねぇ、ちょっとだけ!ちょこっとだけでいいから!」
ぐいぐい。
「ああもう!また今度な!時間はたっぷりあるんだし!」
そう言い放つと、咲愛也は予想外に大人しくなった。
「そっか……うん。そうだよね////?一か月もあるし……ね?」
俯いて、照れ臭そうに膝をもじもじとさせている。正直、そういう可愛い仕草は密室にふたりきりのときにして欲しくない。だって困るだろ?
「と、とにかく。荷物を置いたら、咲愛也にはこの家に住む上でのルールを説明する。こっちに来て」
「ルール?」
きょとんとする咲愛也を連れて、俺は廊下に出た。
――ルール。
一か月同棲をする上でこれだけは守って貰わねば、俺の身がもたない。これは、俺が決めたルールだ。無論、そんなルール通常であればウチには無い。強いて言うなら、『地下二階には入るな』ってことくらいか?だが、何があるかもわからない、立ち入ったらモノが溢れてくるような魔窟倉庫だと聞いているので特に問題もないだろう。
俺は三階へ繋がる階段の前に立つと、自らが定めたルールを口にする。
「三階から上へは立ち入り禁止だ」
「へ?」
「三階には、おじさんや母さんの私室や仕事部屋がある。いわゆる佐々木家のプライベートスペースにあたる部分だ。いくら咲愛也が幼馴染とはいえ、ウチはなにかといわくつきの家庭。できればあまり覗き見して欲しくない」
これは半分本心で、半分が口実だ。無論、三階に上がったところで各部屋は閉まっているし、それを開けようとするほど咲愛也も常識外れではないだろう。それに、部屋には鍵もついている。だからこれは――
「ねぇそれ。みっちゃんの部屋も三階にあるんでしょ?」
ぎく。
「いや、それは――」
「だって、
速攻で、バレた。
だが、ある程度は想定内だ。三階の防衛ラインは突破させない。佐々木の名にかけて。
「確かに俺の部屋も三階にある。だが、万が一にも咲愛也に私室を見られるわけにはいかないんだ」
特に、母さんの『
「わかってくれるよな、咲愛也?」
懇願するように尋ねると、咲愛也はふいっとそっぽを向く。
「そんなの言われなくてもわかってるよ。典ちゃんの部屋にもお母さんの部屋にも入らない。私そんな常識無い子じゃありませんから。はいはい、みっちゃんが今居る三階への階段を使わなければいいのね?りょうかいです~……」
そして、何を思ったかそそくさと持参した荷を開け始めた。ひとまずは納得したようだと、その様子に安堵する。
「一階と二階にある設備に関しては好きに使ってくれて構わないから。風呂とキッチンは一階にあるし、お手洗いは各階にある。何か気になることは?」
「ないで~す」
「わかった。じゃあ、何かあればいつでも聞いてくれ」
そう言うと、咲愛也は思いついたように口を開く。
「――あ。じゃあ……」
「ん?」
「みっちゃんの、好きな食べ物教えてよ」
「え、それって……」
まさか、手料り――
「作ってあげる」
にんまりとした、咲愛也のいい笑顔。
俺は思った。この生活、案外悪くないかも、と――
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