EP.25 幼馴染が気分次第で属性をころころ変えてくる


 夕飯どき。橙の夕陽が差し込むリビングには空腹を刺激する、調理台の上のスパイスのいい香りがほんのりと漂っている。結局、なんだかんだで初日なので手軽に作れるカレーをリクエストした俺は、慣れないキッチンの使い方や調理器具の保管場所を横で補佐すべく、咲愛也の隣に並び立っていた。その姿は――


(なんか、新婚ぽいな……)


 不覚にもそんなことを考えていると、咲愛也も同様のことを考えていたようだ。によによとした視線と目が合う。俺はそそくさと鍋に火をかけて油を投入し、切った具材を投入した。

 てきぱきとしたその様子に再びによによとする咲愛也。


「パパがお料理できると助かるって……いいよね?」


(……パパ?)


 咲愛也が哲也さんをそう呼んだことなんていつの話だったか……思考を巡らせていると、遅れてその『パパ』がifイフ次元の俺の存在であることに気が付く。その次元ではママが咲愛也ということだろう。なんて恥ずかしい奴だ。


(ちょ……すぐそういうこと言う……)


 返事することもできないまま俺は米を用意して炊飯器のスイッチを入れた。そうこうしている間に具材にイイ感じに火が通ってきたので水を投入して火加減を調整する。


「……ってお母さんが言ってた。やっぱ、結婚するなら料理ができる男子がいいわよねって」


 ちらちら。


 咲愛也のこれ見よがしな視線が痛い。俺は黙って圧力鍋の蓋を閉め、タイマーをかける。続いて冷蔵庫から野菜を取り出して洗い、水けをきって食べやすい大きさにカットしていると、ちょい、と目の前に皿が容易される。


 によによ。


(…………)


 まるで『息ぴったりでしょ?』とでも言いたげな視線。


「……ありがとう」


 俺はさっさと受け取ってサラダを盛りつけた。簡単なスープかデザートでも……と思って冷蔵庫を開けると、おじさんが作り置きしてくれていた薬膳スープが目に入ったので、火にかけ直して器によそる。


「咲愛也、台拭いて」


「うん」


 台拭きを手渡してスプーンなどの食器を用意していると、いい感じのタイミングでタイマーと炊飯器が鳴った。一旦火を止めて圧が抜けるのを待つ間に咲愛也が差し入れで持ってきてくれた駅前の新しいパティスリーの名物、半生チーズケーキを食べやすい大きさに切って用意していると、咲愛也が声をあげる。


「あー!ケーキ入刀ごっこしたかったのにぃー!」


「……なんだそれ」


(……相変わらず、恥ずかしいやつ)


「もう、みっちゃんつめたーい!」


 広いテーブルに対して身体を目一杯伸ばしながら一生懸命台を拭く姿はなんとも言えず愛らしいが、伸びる度にちらっちら揺れるワンピースの裾が若干アブナイ。

 見なかったことにして平然と会話する。


「おままごとするような歳じゃないだろ?実際するならこうしてきちんとした料理を――」


(…………?)


 そこまで言って、俺は気が付いた。


(今日の料理、ほとんど俺が作ってないか?)


 ……あれ?


「……?」


 疑問に思って咲愛也に視線を向けると、『てへぺろ♡』みたいな顔芸が返ってくる。


「……咲愛也?」


「だって、みっちゃんが手際よすぎるんだもん~!」


「お前、料理――」


「ああ!何その目!できるよ!?ちゃんとできるもん!明日からがんばるから!今日はみっちゃんに見惚れてて――」


「いや、できないなら別に無理して作るとか言わなくても――」


 言いかけていると、おもむろに口を両手で塞がれた。


「むぐ……」


「できるできる!できるってばぁ!見ててよ!?明日はほっぺた落ちちゃうんだからね!?」


「…………」


「決してみっちゃんの手料理が食べたいから手伝うふりして静観してたとか……」


「…………」


「手元をつぶさに観察してたとか……」


「…………」


「そういうんじゃないんだからねっ!?!?」


「…………」


 いや。ここに来てツンデレなムーブとかされても。

 お前の属性、デレデレドロドロ沼地系溺愛だろ?


 ジト目を向けつつ圧力鍋の蓋を取り、カレールーと追加スパイスを各種入れて弱火にかける。次第にリビングに漂ってくるいい香りに胃が刺激されるのを感じつつ、ルーが完全にとけきっていい塩梅にとろみがついたところで皿に白米と共に盛りつけた。


「咲愛也、どれくらい食べる?」


 視線を向けると『ご飯少なめ・ルー多め・愛情マシマシで!』と元気な返事が。


「……家系かよ」


 思わず口元を緩めながら食卓にカレーとサラダ、スープを並べてふたりで手を合わせた。


「「いただきます」」


 結局、今日は俺お手製(といってもカレーなんて誰が作っても似たような味だろうが)の夕食となってしまった。なんだか咲愛也にうまいこと乗せられたような、自分で勝手に動き過ぎてしまったような。


(まぁいいか……まだ初日だし)


 ――まだ初日。


 その響きは、『どんなことをしようかな?』というわくわくと『どうなってしまうのかな?』という一抹の不安をはらみつつも俺と咲愛也の胸を膨らませた。

 夕食を終えてソファでふたりして食休みをし、リラックスして動物園のレッサーパンダのようにぐでっとした無防備な体勢の咲愛也に声をかける。


「風呂の場所教えるから、こっち」


「うん!」


 ぱたぱたとスリッパを鳴らしてついてくる咲愛也にひととおり利用方法を説明して去ろうとすると、服の裾を引っ張られた。


「……わかんない」


「いや、説明したとき『うん、うん』て頷いてたじゃないか」


「……わかんないから一緒に入って?」


「いや……」


 咲愛也が、まったく意味の分からない駄々をこね始めた。


「私、実地じゃないと理解できないタイプなの」


「お前、さっきエレベーター緊急作動させ――」


「え?なに?」


「だから、機械の扱い詳しいだろって――」


「ええ?」


「…………」


 認めないつもりか。


(こいつ、どこまでも小悪魔だな……なんとしても一緒に入るつもりか?)


「…………」


 俺を見上げる期待の眼差し。きらきらとしてわくわくとした、なんとも愛らしい美少女フェイス。

 俺は、呆れた。しかし、不覚にも可愛いと思ってしまった。だが――


(そうは、させるか)


 脱衣所からの去り際、咲愛也に聞こえるように呟く。


「俺、潔癖だから。お風呂に入らない身体の綺麗じゃない子とは、一緒に寝たくないな……」


「――っ!」


 がーん。


 咲愛也の心の声が聞こえた。それまでの駄々を完全に無かったことにして迅速果敢に風呂のスイッチを入れる。すると、すぐさま湯船に湯が注がれ始めた。


 俺は思う。


 ――やっぱできるんじゃねーか、と。

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