EP.8 幼馴染の家にお泊まり その③ 就寝編


「じゃあ、ふたりともおやすみ~」

「ゆっくり休んでね?朝はちゃんと自分たちで起きてくるのよ?

「おやすみ~!」

「おやすみなさい」


 俺はぺこりと頭を下げると、手を引かれるままに咲愛也の自室へ向かう。


 すれ違い際、ふと咲夜さんに肩を掴まれそっと耳打ちをされた。

 さらりと零れる銀髪。長い睫毛に、ゆったりと流れる視線。

 そして一言――


「最低でも、腕枕くらいはしてあげて?」

「えっ?」


 聞き返そうと振り返ったが、咲夜さんは機嫌良さそうに自室へ入っていってしまった。

 俺は呆然と意味を考える。


 腕枕?どういうことだ。


 フツーこういうときは『咲愛也に何かしたら許さないからな』って言われる場面だろ?ここまでは許すがそれ以上は許さない、とか。制限が入るところだろ?

 なんなんだ。『最低でも腕枕』。上限ではなく、下限が設定されている……だと?

 その瞬間、咲愛也の台詞が脳裏をよぎる。


 ――『大人はね、みーんな恋するオトメの味方なの』


(こういう……ことか……)


 俺は意味を理解した。


 俺は、四面楚歌。孤軍奮闘せざるを得ない状況にあると。


 だが、負けない。

 俺は咲愛也に手を出さない。二十歳を過ぎて、正式に交際するまでは。

 今日許せるのは、『腕枕(強制)』までだ――!


 俺は決意を改め、咲愛也の部屋に足を踏み入れた。


 部屋に入るなりごろんと転がる咲愛也。寝間着のショートパンツから伸びる白い脚を放り出して、両腕を広げてこちらを見上げる。


「――ん」


 なにが『――ん』だ。

 その大きな胸に飛び込んでくるのが当たり前みたいな顔しやがって。

 理性と欲望の狭間で揺れる俺の気持ちがわからないのか?

 むしろ理解したうえでやっている?それとも咲愛也の欲望の赴くままにこんな行動を?


「はぁ……」


 理解しようにも、今は頭が衝動を抑えることで精一杯だ。考えるのは今度でいい。


 いくらこの手の行動には慣れているとはいえ、今日はフィールドが違う。

 俺に一方的に不利なフィールド。『咲愛也の部屋』。

 そこかしこから咲愛也の匂いがするし、特にあのベッドがヤバい。

 俺を何かしらの別世界に誘おうと、深淵から覗き込むように手招きをしている。

 そこは地獄か天国か。


 ……負けない。


 俺は深呼吸をして咲愛也のベッドに腰掛けた。

 少し驚いたように上体を起こす咲愛也。おおかた、誘いも虚しく床で寝られるとでも思っていたのだろう。甘く見るなよ?


「咲愛也が望むなら、今日は腕枕くらいならしてやる」

「――っ!?」


 だって、咲夜さんからそうしろって言われてるし。そこに逆らう余地はない。


 勿論俺だって咲愛也に触れたくない訳じゃないし、むしろできれば触れたい。

 しかし、一度許してしまうとどこまでも甘えてしまいそうで歯止めが利かなくなる。俺はそれが怖い。俺は、二十歳までは咲愛也と幼馴染でいたいから。


 二十歳。それは、俺が自分に課した時間制限のようなもの。

 それまで咲愛也を守り切り、咲愛也に相応しい男が現れたら無事に引き渡す。そうして咲愛也の幸せを祈る。

 将来的なことを考えれば、それが一番、咲愛也にとって幸せなのだから。

 その為にも――


 嬉しそうにきらっきらした笑顔を向ける咲愛也に、負けるわけにはいかない……!

 ひょっとすると今日はそれ以上してくれるんじゃないかみたいな、期待の眼差しに応えるわけにはいかない……!


 俺は再び意を決してベッドに寝転んだ。


「咲愛也、狭い」

「あ、うん。ごめ……」


 驚きとドキドキがおさまらないのか、もぞもぞと鈍い動きで端に詰める咲愛也。

 動くたびに、襟ぐりのゆるい寝間着から覗く胸の谷間がふるふるとこぼれそうで心配になる。


「…………」


「あの……みっちゃん……?」


「なんだ?」


「その……さっきのって、本気なの?ほんとにいいの?」


「ああ」


 だって、そう言われてるし。そこに反論の余地はない。


 俺は自分に言い聞かせた。

 そして、深呼吸をして口と――左腕を開く。


「咲愛也、おいで」

「――っ!」


 蚊の鳴くような声しか出ていなかった筈なのに、咲愛也は顔を真っ赤にして嬉しそうに抱き着いてきた。ふかふかと身体を密着させ、俺の腕にさも幸せといったように頭を乗せる。

 そうして、胸元に顔をうずめた。


「えへへ……嬉しい。みっちゃんからそう言ってくれるなんて。すっごく嬉しい」

「そうか。ならよかった」


 おかげでこっちは全然よくない。だって、さっきから咲愛也の胸がそこかしこに当たってるし、咲愛也の奴、ここぞとばかりに脚まで絡めてくる。

 足先のほんのり冷たいその脚は、すべすべとして滑らかで……


 この上なく心地がいい――


 ああ、早くも我慢の限界だ。


「咲愛也、おやすみ」

「えっ?」


 もう寝るの?みたいな咲愛也のきょとん顔。


 俺は、部屋に入ってきたときに密かに口に含ませていた秘密兵器を起動した。

 ごくり、と俺の喉が鳴る。


 至近距離で俺を見上げる咲愛也の顔を見つめ、俺は静かに目を閉じた。


 おやすみ、咲愛也。いい夢を――


 何か言いたげな咲愛也の口元が僅かに動く。

 その口元から零れる言葉を塞ぐように、俺は……


 咲愛也の言葉が、俺の耳に届くことは無かった――

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