EP.7 幼馴染の家にお泊まり その② 風呂編


「入るわけないだろ?阿呆なのか?」

「――っ!そ、そんな言い方することないでしょ!?」

「常識でものを考えろ。俺達高校生だぞ?哲也さんも言ってただろ?」


 『もう』高校生なのか、『まだ』高校生なのかは知らないが。


「いいから、先に風呂入れよ。俺は泊めさせていただく身だ。最後でいい」

「あー。そんなこと言って、私が入った後のお風呂に入るつもりだ~?」


 むっ。

 そのにやけ顔、なんか苛つくな。煽ってんのか?


「誰がそんなことするか。シャワーだよ、シャワー」

「え~?ほんとに~?」


 にやにや。

 いらいら。


「ちっ……そこまで言うなら先にいただく」

「あー!みっちゃんが舌打ちしたぁ!お育ち良ろしくない!」

「ずっとそう言ってるだろ?」


 何回言わせるつもりだ?人のこと散々煽りやがって。

 風呂?入れるもんなら一緒に入りたいわ。当然だろう。

 だが、それは節度とモラルに反する。二十歳を超えるまではダメだ。絶対にな。


「道貴君、お風呂沸いたから先にどうぞー?」

「はい。ありがとうございます」


 咲月さんに声を掛けられ、俺はコンビニで買った下着を取りに行く。


「バスタオル、これね」

「重ね重ねすみません」


 ぺこりと頭を下げると、こつん、と細い拳で叩かれた。


「こら。よそよそしいのはナシって言ったでしょ?」

「…………」


 まともだ。なんてまともな怒り方なんだ。


 ウチの母さんとは大違いだ。あいつ、怒るっていうか、泣くからな。母さんの方が。ちなみにおじさんは冷静に諭すか、見放して気付かせるタイプ。


「ありがとうございます咲月さん。お風呂いただきます」

「あ、みっちゃん待ってよ!」

「じゃ」


 何か言いたげな咲愛也を残し、俺は風呂に入った。

 服を脱いで風呂場に入るや否や、黄色い物体と目が合う。


 アヒルだ。


 湯船に沢山のアヒルが浮いている。

 そして、『こっちにおいで』と言わんばかりにぷかぷかとこちらを見つめている。


「…………」


 こんなことするの、咲夜さんしかいない。


「はぁ……何歳だと思ってるんだ……」


 十七だぞ?


 咲夜さんはお茶目というか、俺達をいつまで経っても子ども扱いする。

 小学校の高学年にもなって『背中洗える?お風呂入れたげよっか?』とバスタオル一枚の準備万端状態で言われたときは、この人もおじさん同様頭のネジが若干外れてるんじゃないかと疑ったものだ。

 実際あの人から見れば俺達は子どもだが、これはやり過ぎだろう。煽ってんのか?


 そんなことを思い出しながら風呂へ視線を戻すと、やはりアヒルと目が合った。


「はぁ……」


 俺は咲夜さんのイタズラを無視してシャワーを浴びた。


 風呂から上がってお借りしたバスタオルで身体を拭いていると、ふわりと柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐる。よそのお宅の匂い、という感じがなんとなく落ち着かない。

 けど、やわらかくて、甘い匂い。


 ウチはどちらかというと消毒液と母さんが好きなアロマディフューザーの人工的なフローラルで満たされているから、こういったご家庭の匂い、というのには慣れていなかった。しかし、なんとも言えない心地のいい匂いだ。


 顔をほころばせながらタオルを腰に巻き、ドライヤーをお借りしていると廊下からバタバタと足音が聞こえる。

 ガバッ!と開いた扉に思わず肩をびくつかせると、大きな瞳と目が合った。


 咲愛也だ。


 いくら幼馴染で俺が男とはいえ、風呂あがりにノックも無しはマナー違反だぞ?

 まぁ、咲愛也ならいいけど。


 だがしかし。もし逆の立場だったらどうするんだ?俺がノック無しで脱衣所に突撃してきたらどう思う、とか考えないのか?

 いや、咲愛也の場合、下手したら喜びそうな……そして平然と『おいでよ』とか言って、そのまま風呂場に引き摺りこみそ――

 うん。これ以上考えるのはよそう。無欲の呼吸、思考放棄。俺はその道のプロだ。


 そんな俺をおじさんは『ムッツリ』とか言って冷やかすが、そうでもないとあの咲愛也とまともに幼馴染なんてやっていられない。俺はそう信じてる。


 俺をこんなにした張本人に視線を送ると、上目がちにきょろきょろとする瞳と目があった。


「どうした?もうあがったから次、いいぞ。ドライヤーもあと少しで終わる」

「あ、えっと。ごめん……」

「?」


 咲愛也は赤くなってあたふたとしている。まさかと思って腰を見るが、タオルはきちんと巻いていた。だったらどうして赤くなる?理解できない。


「歯ブラシでも取りに来たか?ほら――」

「そうじゃ、ないの……」

「じゃあなんだ?」

「一緒に入ろうと思って……もう、あがっちゃった……?」

「は?」


 冗談じゃ、なかったのか。まったく、


「咲愛也?いい加減にしろよ?」

「う……」


 さっきからチラチラと感じる視線。まさか……


「お前、筋肉好きなのか?」


 最近流行ってるもんな。ジム通いと筋肉フェチ。

 ドライヤーを置いて向き直ると、咲愛也はもじもじと膝を合わせる。

 部屋着のショートパンツは丈が短く、白い脚の美しいラインが際立って見えるが、今は注視している場合ではない。

 下手に刺激してまた小悪魔ビーストモードになられても困る。


 冷静に様子を観察していると、もごもごと口を開く咲愛也。


「別に、そういうわけじゃないけど……」

「だろうな。俺、そこまでガチムチじゃないし」

「細マッチョ?」

「って言うのか?服着るとわからなくなるやつ」

「脱ぐと意外とあるやつ……////」


 あ。赤くなった。やっぱり俺が半裸なせいか。

 用意していたシャツを着ると咲愛也が『あ。』と声を出す。

 まさか……


「咲愛也、俺の裸を見に来たのか?」


 こいつ、見かけによらずそういうとこあるんだよな。ドスケb――悪い子め。

 学校では黒髪色白正統派美少女とか言われてるくせに。嘘偽りも甚だしい。

 ジト目を向けていると、咲愛也はもごもごと弁明しだす。


「そんなこと、ないし……」


「別に、見慣れてるだろ?」


「そっ、そういう言い方……////!?小さい頃とはわけが違うんだからね!」


「へぇ……?それ、『一緒に風呂入る』って言ったお前にそっくりそのままお返しするよ」


「――っ////!」


「まったく、ふしだらなのも程々にな?大体、半裸ごときで赤くなってる奴がどうして『一緒に入る』なんて言えるんだか……」


「~~~~っ!もう!みっちゃんの意地悪!」


「わっ、おい!抱き着くな!思考と言動が乖離してるぞ!」


 あと、今の状態だと腰のタオルが心許ない。

 いくら見られても問題ないとはいえ、下はさすがに抵抗がある。


 俺の焦りも知らず、剝き出しの胸板に顔をすりすりと擦りつける咲愛也。

 こんなところ、哲也さんに見られたら出禁になる。


「やめてくれ咲愛也!」


 出禁はイヤだ!


「みっちゃん、やっぱり脱ぐとね……ふふ……」

「変態め」


 いい加減にしろ。


「あ。」


 動揺するあまり、つい思考と言動が反対に――


 傷つけたかと思って咲愛也に視線を落とすと、意外にも咲愛也は目を細めて笑った。


「変態でもいいからさ、明日は一緒に入ろうよ……?」

「うわ。絶対帰る」

「そんなぁ!」

「いいから離れろ!咲愛也に襲われたと、訴えを起こすぞ!」

「誰に?」


 えっ。


「えっと、それは……」


 ご家族に?ダメだ、言えない。おじさん?ダメだ、あの人は咲愛也の味方だ。


「…………」


 黙りこくる俺に、咲愛也は身体を押し付けて再びほほ笑んだ。

 まだ風呂に入っていないというのに、髪やら首筋やら、身体中からやたらといい匂いが漂ってくる。女子特有の匂い。

 まぁ、いつものことだが。そうなんだが……


「ふふ。みっちゃんの味方は私だけだよ?」

「う……」


 なんなんだ、その蠱惑的な表情は……!

 いつの間にそんな顔できるようになったんだ?


「大人はね、みーんな恋するオトメの味方なの」

「くそ……」


「だから……」

「?」


 首を傾げる俺に、咲愛也はそのままの笑みで囁く。


「お風呂は一緒に入れなかったから、せめて一緒に寝てね?」

「え――」

「ね?」

「う……この――」


 ――小悪魔め。


 俺はその言葉を飲み込んだ。だって、言ったところで無駄だから。


 小悪魔上等。

 高校生になった咲愛也は、それくらいに手の付けられない『幼馴染溺愛モンスター』になっていた。


 咲愛也をそうさせたのは、果たして俺か、咲愛也自身か。それとも別の――


 俺はそれ以上の思考を放棄して、新しく出されていたバスタオルを押し付け、咲愛也を風呂に促した。

 無論。ひとりで入れと。

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