EP.6 幼馴染の家にお泊まり その① 食事編
咲愛也の自宅である都内の高層マンション。
その一階部分でおじさんと別れ、俺達は不壇通さんのお宅へ足を向けた。
エレベーターの中で、咲愛也は不思議そうな顔で質問を投げてくる。
「ねぇ。みっちゃんて、お母さんと仲悪いの?」
「…………」
なんて、言うべきか。仲がいいとか悪いとか、そういうんじゃないんだよな。
母さんは親父に会えない寂しさから俺に依存しているし、俺は母さんを放っておけない。なんていうか、一般的な家庭とは色々と違うんだよ。それが、ここ数年でようやくわかってきた。
うまく返せないが、これだけは確かに言える。
「咲愛也、お前が俺を望むなら、母さんはそれを邪魔する人間だ」
「それって妬きもち?お邪魔ぷよ?」
こいつは相変わらず……
「そんな可愛いもんで済めばいいけどな」
「
「……みたいなものだ」
それならいいが。
「じゃあ、沢山話して仲良くならないとね!」
「そうか」
そうしてくれると、ありがたいけど……
本当に、咲愛也は人を疑うことを知らない。
あれだけ家族に愛されて育っていれば当たり前かもしれないが、それでもこの明るさが、純粋さが、俺をいつも救ってくれる。
だからこそ、咲愛也を、誰の手にも傷つけさせるわけにはいかない。
思わず顔をほころばせていると、咲愛也はおもむろに玄関を開いた。
「ただいま~」
「おかえり咲愛也~!みっちゃんもいらっしゃい!話は典ちゃんから聞いてるよ」
廊下の奥からぱたぱたとスリッパを響かせて出てきたのは、咲夜さんだ。
夏の星座みたいに綺麗な銀色の髪を靡かせる、相変わらずびっくりするような美人。年齢的には母さんと同じくらいだと聞いているが、母さんは病み属性が深い分、俺には咲夜さんがきらきら輝いて見える。
「咲夜さん、お邪魔します。急に伺うことになってすみません。これ、叔父からです」
頭をぺこりと下げながら持たされていたワインと菓子を手渡すと、咲夜さんはにっこりとほほ笑んでそれを受け取る。
『こんなこともあろうかと』と言って車に備え付けの保管庫に用意されていたものだが、そこにやはり作為を感じて、咲愛也と結託していたのではないかという疑惑が浮上する。もしくは、常に何かしら差し入れの準備がされているのか。
「ありがとう。気を使わなくていいのに。あ、これ。こないだ美味しいって言ったお菓子だ。わーい!」
「気に入っていただけたなら、叔父も喜びます」
「うーわ。みっちゃんは相変わらずしっかりしたイイ子だね~?ほんとに典ちゃんが育てたの?咲愛也も見習いなよ?」
「え~」
「爪の垢を煎じて飲ませてもらえば?」
「うん」
いや、そこは『え~』って言うとこだろ?俺の指をチラ見すんのはやめろ。マジで飲む気か。
「ささ、みっちゃんもリビングにどうぞ~!」
「ちょっと、手くらい洗わせてくれ。咲愛也の家を汚すわけにはいかない」
背を押す咲愛也に訴えるが、咲愛也は『みっちゃんてば相変わらず潔癖~』なんてにやにやしている。そんな小言は無視して『インフルエンザになったらどうする』と諭して洗面台を借りた俺は、咲愛也と共にリビングに足を踏み入れた。
その瞬間――
「わぁ~!いい匂い!」
「あ、おかえり咲愛也。
キッチンからエプロン姿で振り返ったのは、夜の
咲愛也だって負けないくらいに綺麗で可愛いが、このふたりと並ぶと家の顔面偏差値がハイパーインフレを起こして少々理解が追いつかなくなる。
俺はそんな、綺麗で料理上手な咲月さんにも頭を下げた。
「お久しぶりです、咲月さん。この度はご厚意ありがとうございます」
「もう!道貴君は家族みたいなものなんだから、そういうよそよそしいのはナシよ?」
「ですが……」
「いいから座って?席は咲愛也の隣。あ、ハンバーグ好き?ご飯は大盛りがいいかしら?」
「大好物です。ご飯は……夜なので、少なめでお願いします」
「あれっ?みっちゃん大盛りじゃないの?」
咲月さんの隣でお茶碗に山を盛る咲愛也が目を丸くして振り返る。
茶碗の倍は高さがあるぞ?人間が食べる量じゃないだろ。しかもそれ、咲愛也の茶碗じゃないか。まぁいいか。そのカロリー、どうせ胸に行くんだろうし。
「夜に炭水化物の取り過ぎは太るからな。身体が重いと日常生活に支障をきたす」
「ふふ、道貴君は相変わらず意識が高いわね?咲愛也も見習ったら?」
「う~。でも、今日はハンバーグ……」
「好きなら食っていいんじゃないか?少しくらい太っても咲愛也は可愛いから問題ない」
「ちょ……////!またさらっとそういうこと……!」
「わ。道貴君てば相変わらずね……顔色一つ変えないなんて」
「?」
「ある意味ヤバイね。典ちゃんとは違う方向で」
部屋着に着替えてきたと思しき咲夜さんは、そんなことを言いながら自分の席に着く。
『ヤバイ』……?俺は何か失言しただろうか。
この家でそんなことはできるだけ避けたい。
だって、この不壇通さんのご家庭は、『幸せな家庭』のお手本みたいな家だから。
およそまともでない家庭環境で育ってきた俺は、咲愛也の家で一緒に過ごすことで一般的な家庭がどういうものかを肌で感じることができた。
だから、小学校のときにクラスで浮くことも無かったし、『普通の子』が普段どういった生活をしているかを体験させてもらうことができたのだ。
この家は、俺にとって、『絶対に壊してはいけない』大切な場所だ。
そんな俺の想いを知らず、咲愛也は席に着くなり音頭を取った。
「みなさん揃いましたか~?」
「はーい」
「ええ」
こくり。
言うまでもないが、哲也さんはまだ仕事だ。
「じゃあ、手を合わせて――」
「「「「いただきます」」」」
俺達は、四人揃って食卓を囲んだ。
今日のメニューは、花丸の目玉焼きが乗ったハンバーグに、付け合わせの温野菜。ポテトサラダ、スープ。それからご飯。
いつものことではあるが、彩りも栄養バランスもよく整った、素晴らしい食事だ。
そんな夕食に舌鼓を打っていると、咲夜さんが不意に口を開く。
「それにしても、みっちゃんは相変わらずカッコイイね~?姿勢もぴしっとしてて、礼儀正しいし。食べ方も綺麗だし。何よりまともだし。お婿においでよ?」
「そうだそうだ!」
なにナチュラルに肯定してるんだ、咲愛也。
それに咲夜さんも『まとも』って……せめて『真面目』って言って欲しい……
「いや……俺はそんなんじゃ……」
そんな普通の人間じゃ……
きっと、中にはいると、この家のあたたかい空気を『壊して』しまう気がする。
それだけは嫌だ。
そんな俺の気も知らず、俺の脇をぐいぐいと肘でつつく咲夜さん。
「あれ~?なんだっけ?学校でのあだ名」
「モテ無双三国志 英傑・曹操」
咲愛也が即答する。
「はははは!何それぇ!」
爆笑する咲夜さん。咲月さんまで、口元を抑えてぷるぷると震えている。
皆して俺をからかって……女系家族に男が一人だとなんだかアウェイな気がするのは俺だけか?哲也さんはいつもこんな中で生活を?
なんてメンタルだ。ある意味ヤバイ。俺やおじさんとは違う方向で。
だが、咲愛也の話、どこかおかしいぞ?
無双三国志までは俺も聞いたことはあるが……
「曹操?」
「そうそう」
何ソレ初耳なんだけど。
てっきりケンカ無双ばっかりしてるから、学校の呂布扱いされてるのかと思ってた。なんだよ、そのモテ無双三国志って。歴史好きの方に失礼だろ?
「英傑ってガチモテっぽい!三本指入ってるし(笑)!すご~い!」
咲夜さん、笑いすぎ。俺だって気にしてるんですよ?変なあだ名つけられて。
「けど、咲愛也の方がガチモテですから」
「さすがわたし達の咲愛也!」
ほんとにな。
「けど、今年入ってきた一年生に凄い子がいてね?四天王になるかもって言われてるの」
「へ~?」
「あら、道貴君ポジションチェンジ?」
「なら、俺はその子に曹操を譲る」
俺は呂布でいい。
「ダメだよ!みっちゃんには偉大な曹操さんが似合います!」
「だったら、四天王の最弱でいい。最初に出てくるやつ」
「え~?でも、みっちゃんが最初に出てきたら後の人が暇になっちゃうよ?」
「いいんだよ最弱で。俺は女相手に拳は振るわないからな。咲愛也の敵以外。だから、基本不戦敗だ」
『女に暴力はダメ、絶対』俺はおじさんからそう教わっている。
小学校低学年の頃、俺のことが好きとかいう訳のわからない理由で咲愛也に意地悪をした女を俺は殴った。
そのせいで呼び出しを喰らったおじさんは俺を怒った。まぁ当然だろう。
しかし、『咲愛也に意地悪をしたのが許せなかった』『気を利かせて顔ではなく腹を狙った』と子どもながらに一生懸命説明すると、地下室+母さんの手料理の刑は免れた。
そしておじさんは俺を褒めたのだ。『よくやった』と。
だが、同時にもう二度とするなと諭された。
だから、俺は二度と女には手をあげない。
そんな俺の思い出も知らず、三人は口元を抑えて黄色い声をあげる。
「「「きゃ~♡」」」
「道貴君、紳士ね?」
「咲愛也の敵以外、だってよ、咲愛也~?」
「え、なんか変でしたか?」
ひょっとして、ヤバかった?また?それはイヤだ。
「みっちゃんてば……////素でそういうこと言っちゃう……////」
咲愛也、何故赤面する。俺は最弱でありたいと主張したんだぞ?
「あはは!やっぱみっちゃんが最強じゃ~ん!」
だから何故?
「ちょ、お姉ちゃん笑い過ぎ……ご近所迷惑よ?」
「そんなこと言って。咲月だって『きゃ~♡』って言ってたじゃん?」
「う……」
「哲也君が一番なんじゃないのぉ?いいのかな~?『きゃ~♡』なんて言っちゃって~?」
「お、お姉ちゃんこそ……!」
「はいはーい。ふたりとも娘の前でそういうノロケやめてもらえますぅ?反応に困るんでぇー」
「「ごめーん」」
俺達がそんな他愛のない話で盛り上がっていると、玄関からガチャッ!という派手な音が聞こえてバタバタという足音が響く。
何事かと視線を向けると、リビングに哲也さんが姿をあらわした。
よれたスーツにボサついた髪。どうやら相当急いで帰ってきたみたいだ。
「咲愛也!道貴君が来てるって本当か!?」
「お邪魔しています。お久しぶりです、哲也さん」
ぺこり。
「ああ、どうも……って。お泊りするってほんと!?」
「うん」
咲愛也、ハンバーグもぐもぐ。
「泊まるって……!どの部屋で寝るんだ!?」
「え。咲愛也の部屋でよくない?」
咲夜さん、ポテトサラダもぐもぐ。
「今、高校生だよな!?流石にそれはちょっと……」
「おかえり。大丈夫よ、道貴君なら。
咲月さん、白米もぐもぐ。
それにしても、不壇通さん
だが、今はそれより弁明を。
「ご安心ください、絶対になりません。俺と咲愛也は幼馴染ですから。それは命にかけても保証します。間違えたら、指を詰めます」
ぺこり。
「お父さんってば、気にしすぎだよ~?みっちゃんはそんな人じゃありませんから!ね~?」
そう言って、咲愛也はむぎゅっと俺の腕に抱き着いた。
腕が胸に挟まっている気がするが、まぁこれくらいなら日常茶飯事。どうということはない。だが、いつされても心地いいことに変わりはない。
「咲愛也、哲也さんの前だ。離れろって……」
「え~?別にいいよ!仲良しアピール!お泊まりしても平気だよって!」
ぎゅうぎゅう。
おい、やめておけ。俺はともかく、哲也さんのライフが……
『ひゅ~!』とか言ってはやしたてる咲夜さんと咲月さんをよそに、あたふたとする哲也さん。
「おい、咲愛也!道貴君だって年頃の男の子なんだから、そんなにくっついたらドキドキしちゃうだろ!?」
「そうなの?みっちゃん?」
「大丈夫です。これくらい慣れてますので、ドキリともしません」
女子に事故を装って密着されるのは、よくあることだ。ヤンキーにすれ違い際に殴りかかられることも。
それに、咲愛也だってしょっちゅうひっついてくるから嘘ではない。できれば学校ではやめて欲しいんだが。まぁ、毎度毎度、嬉しい気持ちにはなる。
いたって冷静に述べる俺に、苦悶の表情を浮かべる哲也さん。
「うぐっ……!これだから、イケメンは……!」
「そうよ?道貴君は哲也君みたいな平均点男子とはわけが違うんだから」
「うぐぐ……!」
「学校じゃあ三本指に入るモテメンなんだって!」
「うぐぅ……!」
「お父さん、妬きもち?そういうの要らないから。子離れしてよ?」
おい咲愛也!言い過ぎだ!
「ぐはっ……!」
哲也さんはよろよろとしながらリビングに面した自室に向かう。
「あ、ちょっと哲也君!ご飯は!?急いで帰ってきたんじゃないの!?」
「今日は、いいや……」
「哲也君の好きなハンバーグよ?」
「冷蔵庫入れといてくれ。明日の朝、食べる。お弁当にしてくれても、嬉しいな……」
「わかった。食べやすくしてお弁当に詰めるから、元気出して?」
「咲月……ありがとう……」
「哲也君おやすみ~!愛してる~!」
「咲夜……ありがとう……」
咲月さんの制止を無視して部屋に入ると、カチャリと鍵の閉まる音がした。
「咲愛也……親御さんは大事にしろって、昼も言ったよな?」
「してるよ?ね~?」
こくこくと頷くお母さん。
いや、してないだろ。どう考えても。
そうこうしているうちに、俺達は夕食を食べ終えた。食器の片づけを手伝っていると、隣で洗いものをする咲愛也に声を掛けられる。
「みっちゃん、食後のアイス食べる?」
「いや、今はいい。もしいただけるなら風呂の後にでも……」
言いかけていると、カチャリ、と咲愛也の手が止まる。
「そっか、お風呂か……」
「どうした?」
入浴剤でも切らしたか?なんなら走って買ってくるが。
不思議に思って隣を向くと、咲愛也は頬を染め、遠慮がちにこちらを見ている。
そして、食事のあとな所為かほんのり色づいた唇を開いた。
「ねぇ、一緒に入る?」
「え?」
「お風呂……」
「え――」
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