EP.9 パパの緊急家族会議 in ベッド


 妻から連絡を受け、死に物狂いで仕事を片付けて帰ってきたというのに、俺のすることといえば不貞寝だった。


 よろよろと、なんとかスーツから部屋着に着替え、仰向けになってベッドに寝転がっていると、その身体を労わるようにして温かくて柔らかいものが全身を包み込む。

 それだけで疲労が嘘のように飛んでいくのだから、俺という奴も大概単純な男だ。


「ふふ、こうして三人で寝るの、久しぶりじゃない?」

「そうね。なんだか懐かしいかも」

「いい歳して何してるんだって話だけどな……」


 相変わらずの様子に感謝しつつも、ため息を吐きながら、両側に寝そべってくっつくように俺に身を寄せる咲夜と咲月に視線を向ける。


「ふたりとも、どうしてここに?」


 ここは、俺の寝室なんだけど……

 いくらサイズの大きくなったベッドとはいえ、さすがに三人は少々狭い。


 それに、俺はもう子供だっている、いい歳したオヤジ。

 間違っても咲夜や咲月がおばさんなんて呼ばれることはあまりないし、もし呼ばれてもそれはそれでムッとするが、やっぱり歳は歳だ。向こうの部屋には咲愛也だっている。

 いくら部屋には鍵がかかっているとはいえ、万が一バレたらどうするんだ。なんか気まずい。そして俺の立場が……


 ジト目で抗議すると、咲月がくすりと笑いかける。


「別にいいじゃない?咲愛也、今日は絶対部屋から出てこないわよ?」


「そうそう。せっかくみっちゃんがお泊りに来てるのに、わたし達に構ってる暇なんて無いよねぇ~?」


「――っ!」


 びくりと肩を震わせると、双子は頬ずりしながらにやにやと俺を見上げる。


「お、お前ら……ひょっとして不貞腐れた俺を冷やかしに……!」


「そんなんじゃないわよ?」


「むしろ逆?慰めに来てあげたんだよ?寂しがってるだろうな~って。咲愛也はアレだけど、わたし達はいつでも、いつまでも、哲也君の味方だよ?」


 咲夜の言葉に、うんうんと頷く咲月。そして両側から加わるぎゅ~っとした柔らかい圧。

 その感触は何年たっても夢見心地だが、今は割とそれどころではない。


「うっ……咲愛也……」


 どうして。どうしてあんな『幼馴染溺愛っ子』になってしまったんだ……

 どうせモンスターになるなら、ファザコンになって欲しかった。


 パパは、寂しい。呼び方もいつからか『お父さん』になって、もう『パパ』って呼んでくれないのも、寂しい。みっちゃんがウチに来ていると、俺なんか全く眼中に映っていないっぽいのも、寂しい。寂しいよ……


「咲愛也……」


 確かに、みっちゃん――もとい、道貴みちたか君はいい子だ。

 真面目でしっかりしてて、勉強もできて運動もできて。

 咲愛也に優しくて。咲愛也を守ってくれて。

 俺や咲月、咲夜にもきちんと挨拶ができて、礼儀も正しい。

 顔だって、悔しいけれどイケメンだ。ほんと、のりちゃんが育てはとは思えない。まともないい子。


 けど、だからって、だからって……


「あんなゾッコンなのもどうかと思うんだが……」


 俺のため息みたいな呟きに、くすくすと笑うふたり。


「ふふ、哲也君てば妬きもち~?」


「というより、寂しいのよね?咲愛也を取られちゃって」


「まだ取られてない!」


「いいじゃん?わたし達がいるんだし」


「そうそう。その歳で未だに両手に花なんて、羨ましがられるんじゃない?」


「羨ましがられない……妻子がいるのに両手に花なんて言えない……」


「あはは!」


「ふふっ。それもそうね?」


 俺達は、相変わらずな仲の良さでベッドに三人して転がっていた。

 健全な、若干距離の近い川の字で。いや、割とゼロ距離で。


 楽しそうなふたりに反して意気消沈な俺に、咲夜が声を掛ける。


「てゆーか哲也君。まだ取られてないって……往生際悪いよ?もう無理でしょ?」


「無理じゃない!いや、無理とかそうじゃなくて……!まだお嫁に行ってないし、お付き合いだってしてないだろ!?」


「お付き合いは確かにしてないみたいだけど、アレはどう考えても――ねぇ、お姉ちゃん?」


(なんだそれ!どうアレなんだ、お姉ちゃん!?)


 俺はぐるっと咲夜の方を向く。


「少なくとも俺は聞いてないぞ!」


「いやもう、ギリギリでしょ。むしろクロでしょ?」


「えっ。ギリギリ……?何が?クロ?うそ、何がクロなんだよ……?」


 声を震わせる俺に、くすくすと腹を抑えながら笑い出す双子。

 俺は、部屋の外に聞こえないレベルの音量で、高らかに声をあげた。


「緊急家族会議―っ!!」


「「えっ?」」


「『えっ?』じゃないだろ!緊急家族会議!ふたりの知ってること、今すぐに、洗いざらい吐きなさい!俺に隠してることがあるんじゃないか!?」


「「え~?」」


「『え~?』じゃない!俺は咲愛也の父親として、知る権利があります!」


「なら、母親として秘密を守る義務があります」


「秘密にしないといけないようなコトになってんの!?」


 やめてくれ!言い出したのはいいものの、心の準備ができてない!


 心臓を抑えてはわはわと焦る俺に、笑いが止まらない双子。


(冗談じゃない!俺は、本気だぞ……!)


 俺は腹をくくった。


「まずはひとりずつ聞いていく。咲夜!知っていることを話しなさい!オブラートに包みつつ!それでいて伝わるように!」


「え?ふたりの進展具合について?」


「そうだ!」


 ふんす、と息を吐くと、咲夜は虚空に視線を向ける。


「急に言われてもなぁ……ええと、登校は基本別々で下校は毎日一緒。ウチにはたまに遊びに来る。泊りは今日が久しぶりで、今頃みっちゃんの腕枕で寝てる?」


「なんだソレ!?最後のなんだソレ!?腕枕ぁ!?」


 他はともかく、最後の一個がヤバイだろ!?

 えっ、ちょ。やっぱクロなの?そうなの?咲愛也!!


「パパそれ聞いてない!」


 心の声が口から出ると、咲月にぽかっと殴られた。

 痛くない。じゃれるような拳。


「哲也君、うるさい」


「だって!咲愛也が!」


 想像以上におマセさんなんだもん!道貴君もな!見損なったぞ!


「パパ許しませんよ!交際だってまだなのに!うっ……これだから、最近の子は……!」


「哲也君?何か誤解してるみたいだけど、道貴君は咲愛也に手を出すような子じゃないわよ?」


「けど!いくら道貴君がそうでも!あんなに可愛い咲愛也が隣にいたら!魔が差しちゃうかもしれないだろぉ!?」


 典ちゃんだって差してたじゃん!壮大な『魔』がさぁ!

 俺だって人のこと言えた義理じゃないけど!

 そこんとこどうなの?魔を差されたご本人さん?


 咲夜に再び視線を向けるが、俺の焦りなど微塵も伝わっていない。

 呑気に口元に指を当てちゃって考え事なんてしてる。

 いくつになっても可愛いな、お前?ほんとに○○歳?


「え~?咲愛也はむしろ――」


「お姉ちゃん!シッ!」


「『シッ!』って何!?やっぱ何か隠してるんだろ!?咲月!次はお前だ!」


「えっ、ちょっと哲也く――」


「いいから吐きなさい!」


「はう!」


 両方のほっぺをむにっと広げると、見ていた咲夜が声をあげる。


「あー!咲月ばっかずるーい!」


「咲夜はオブラートの包み方が下手!てか、包む気ないだろ!?悪い子め!」


 片方の手で咲夜のほっぺもつねると『いひゃい!』なんていう楽しげな悲鳴が聞こえた。

 俺のほっぺむにむにから解放された咲月は頬をさすりながら口を開く。


「もう、『悪い子』って……私達は咲愛也じゃないんだから。でも、本当に哲也君が心配してるようなことにはならないわ。道貴君は咲愛也を喜ばせても、絶対に傷つけるようなことはしない。だからいい加減落ち着いて?」


「……どうしてそう言い切れるんだよ?」


 道貴君、ウチでの信頼度高すぎ。いつの間にこんな、一家全員陥落させられたんだ。やっぱり典ちゃんの指導の賜物?あいつ……いつまで経っても敵か味方かわからない。


 疑惑のジト目を向けると、咲月はゆっくりと口を開いた。


「だって、道貴君のポケット、睡眠薬が入ってたもの」


「え?」


 睡眠薬?


「睡眠薬。即効性の高いやつ」


「なん、で……?」


「脱衣所にバスタオル持って行ったときに、制服のポケットからピルケースが落ちてるのを見つけたの。そっと戻しておいたけど、あの錠剤。睡眠薬について調べてたときに覚えがあったから、間違いないわ。眠れない時の為に持ってたみたいね?」


「おおかた、咲愛也が隣にいて寝れないと困るから持ってたんでしょ。みっちゃんは咲愛也にそんなもの飲ませるような子じゃないよ。それくらい、哲也君にもわかるでしょ?」


「確かに、それはそうだけど……」


 悔しいけど、咲愛也は道貴君にゾッコンだ。道貴君にその気があれば、咲愛也に睡眠薬なんて飲ませる必要はない。だから、睡眠薬は自分用。それくらい、俺にもわかる。それくらい、ウチでの道貴君はいい子だから。


 俺は、こくりと頷いた。


「なら、いいよ……」


 ちょっと釈然としないが。腕枕までなら許してやろう。

 俺も監禁された時は初日から咲夜にした気がするし。うん。

 あれ、思ったより密着度が高くてふかふかして気持ちがいいんだよな――


(…………)


「やっぱりよくない!」


 がばっ!と起き上がると、両側からふたりして『まぁまぁ』と抑え込まれる。


「お前ら!どっちの味方なんだ!」


「どっちって……」


「誰と誰?」


「俺とみっちゃん!!」


 そう言うと、ふたりは揃って笑顔を向けた。


「何言ってるの?哲也君?」


「わたし達はいつだって――」


「「哲也君と――咲愛也の味方でしょ?」」


(う……)


 そう言われると、そう言われてしまうと――


 俺の口からは、ため息しか出ない……


「うぅ……」


 喉の奥から思わず悲しげな声を出すと、それを聞きつけたふたりが慰めるように俺を包んだ。


「哲也君?今日は疲れてるんだよ?だからそんなに悲しくなるんだよ?もう寝ちゃおう?お布団かぶって忘れちゃおう?」


「そうよ。――――私達がずっと傍にいるから。そんな声出さないで?」



(咲月?今の『――――』って間はなんだ?まさか、『咲愛也がいなくなっても』って言おうとした?冗談でも、そんなこと言わないでくれよ!?)


 俺、みんなのことが大好きなんだから……!


「う……」


 ――ぎゅ…………


 まぁいい。今日はこのふかふかに免じて許してやろう。


 けど、覚えておけよ?

 ちゃんと挨拶に来て、俺が交際を認めるまでは、ダメだからな!

 その時は、今日みたいに簡単に折れてやらないからな!


 覚えておけよ……!みっちゃん……!





※ただいま連載中の作品『征服学園 ハイスクール・コンクエスト』とのキャラクターリンクを開始しました。10話より順に、咲愛也と道貴が登場します。

 よろしければ、是非そちらもよろしくお願いいたします!

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054891234643

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