EP.4 モンスターの襲来


 咲愛也は、俺のことが好きだ。


 それくらい、言われなくてもわかってる。

 いくら幼馴染とはいえ、ここまで執拗に迫られれば誰だって気がつくだろう。

 俺も、咲愛也のことは好きだ。だが、それはできるだけ表に出したくない。

 咲愛也にも、周囲にも。


 咲愛也は俺が隠したがっていることを『意味ないから、やめなよ』とか言って不満に思っているようだが、できれば、知られたくないんだ。


 だって、咲愛也には俺以外のまともな男と幸せになって欲しい。


 哲也さんみたいな、人畜無害で優しさの塊みたいな人がいいと思う。

 勿論、大切に守ってきた咲愛也が他の男に取られるのは悔しいが、仕方ないだろ。


 俺の親父は、前科持ちだ。


 咲愛也のお母さんは『道貴君は想像以上にまともないい子』と言ってくれるが、俺に問題がなくとも、一度ついた社会的バッドステータスは消えない。


 もしそのことで、咲愛也が将来的に傷つくようなことになったら、俺は――


 そう思うと、幼馴染のままでいい……と、思ってしまう。

 それすらも、恵まれたことだと。



 俺は、親父の罪を知らない。


 おじさんからは、『兄さんは人殺しとかじゃない。安心しなよ』と言われているが、正直どこを基準に安心すればいいのか全くわからない。

 だって、こんな金持ちなんだから窃盗とかでは無いと思うし。

 だとしたら、何をしたっていうんだ?


 聞いてもおじさんははぐらかすし、母さんは口を開けば親父のノロケ。

 罪状の割には刑期が長いと聞いているが、どうやら『職権乱用』とか『ルートを割らない』とか『たまにいなくなる』とか『取り調べに協力的でない』とかが問題で、だらだらと刑期が伸びているらしい。おじさんが誰かと話しているのをこっそり聞いたことがある。

 『たまにいなくなる』ってなんだよ?

 『取り調べに協力的でない』って、子どもかよ?本当に、しょうもない。


 おじさんの口ぶりから察するに、賠償金の支払いも済んでいて、再犯するような凶悪犯ではないようなんだが、如何せん会ったのも幼い頃に一度きりで、もう顔も思い出せない。

 ぶっちゃけ、世間の皆々様には申し訳ないが、そこまで凶悪犯じゃないなら模範的な態度を取ってさっさと出てくればいいのに、と思ってしまう。

 そろそろ母さんがヤバいし。


 母さんは、俺が年々親父に似てくるせいで、夜にすすり泣く回数が増えた。甘える回数も。このままだと、母さんは元気になっても俺が精神的にやられる。

 母親に親父の名前で呼ばれてまともでいられる息子がいるか?いるわけないだろ。しかも何故か様付け。気味が悪すぎる。


 そんな、どう考えてもまともじゃない俺や俺の家庭と、咲愛也に繋がりがあっていいはずがない。


 咲愛也には、今のまま、幸せな家庭で暮らしてもらわないと。



「――みっちゃん?」


 ――ハッ……


「みっちゃん、元気ないの?」


「いや、なんでも、ない……」


 俺は、心配そうに覗き込む咲愛也を上からどかして起き上がる。


「ごめん、聞いてなかった。何か言ったか?」


「なにも。強いて言うなら、好きだよ?」


「…………」


 それは、ダメなんだって。


 俺がどういう生い立ちの奴なのか、考えたことが無いのか?


 咲愛也は隣で女の子座りをしたまま首を傾げている。

 きょとんとしやがって。

 可愛さあまって憎さ百倍――憎くはないか。咲愛也の可愛さに罪はない。


 俺は、どこまでも間の抜けた咲愛也に、以前から気になっていたことを指摘する。


「なぁ咲愛也。咲愛也はいったい、俺のどこが好きなんだ?」


「――っ////!?」


「わかってるなら、教えてくれよ。俺のどこに、親父のムショ帰り(未帰還)を覆すような魅力があるっていうんだ?」


 少なくとも、俺には理解できない。


 顔か?金か?ケンカの強さ?咲愛也に手を出したことはないから、身体ということもないだろう。そもそも俺は細身で、そんなにガチムチではない。鍛えてるから、脱ぐと少しあるくらい。


 不思議に思っていると、咲愛也は震える唇を開く。


「みっちゃんて、そういうとこあるよね……?」


「そういう?」


 どういうだよ?


 訝し気な俺に、がばっ!と向き直る咲愛也。


「お父さんは関係ない!!なんでわからないかなぁ!?みっちゃんは、優しくて!かっこよくて!ちょっと天然でニブいところもあるけど、そこも可愛くて!あんなに女の子からも告白されてるのに、どうしてそんな……自分に自信がないの!?」


「いや、女子の大半は金目当てだろ?」


「大半って……!やっぱりそんなにモテてるの!?」


「いや、告られんのは月5回くらいか?同学年の河飯かわいには負ける」


「でもガチモテじゃん!」


「お前こそ週2、月8だろ?イヤミか?」


「~~~~っ!てゆーか!金目当てって……女の子のことなんだと思ってるの!?」


「守護、扶養対象。」


「そういうとこだよね!?かっこいいよね!?」


 咲愛也はぽかぽかと力のない拳で俺を叩く。

 人を殴るときは、手首にスナップを効かせて体と肩の回転を上手く利用しないと威力が出ないぞ?なんだその駄々っ子パンチは。ふざけてるのか?


「咲愛也、痛くないぞ、それ」


「そういうとこだよねぇ、みっちゃん!?そういうところが可愛いんだよね!?」


「かわっ……!?俺は男だ!」


「最近の可愛いは男の子にも誉め言葉ですっ!」


「そう思ってんのは女子だけだ!バカにしてんのか!?」


 ほんとに、最近の女子はなんでもかんでも可愛いって。

 俺が鞄にクマつけてるだけできゃあきゃあ五月蠅くてかなわない。

 あれ、咲愛也がくれたから付けてるだけだからな?俺の趣味じゃないぞ?

 そんなこともわからないのか?


 『可愛い』に対して苛つく傍から、咲愛也は『可愛い』を連呼する。

 こいつの煽り属性は性的な積極性以外にも効果を発揮するようだ。


「みっちゃんはかっこ可愛い!」


「お前の方が可愛いわ!ド阿呆!」


「ド阿呆って……!みっちゃんお育ちよろしくない!」


「元からそう言ってるだろ!?身なりがいいだけで皆誤解しやがって!どいつもこいつも見た目に騙されてるんだよ!」


「それってやっぱりみっちゃんがイケメンってことじゃん!」


 まぁな。


「子どもの頃からよく言われるから流石にわかる。けど、俺目つき悪くないか?」


「涼しげでかっこいいよぉ!鼻筋もキレイで、全体的に顔整ってるし」


「お前に言われたくない」


「え、それ褒めてるの?」


「褒めたか?」


「へへ……////褒められちゃった。けど、みっちゃんてお母さんに似て美人さんだよね?」


 それ、お前が言うか?その言葉、お前の為にあるようなもんだろ?


「俺は親父の生き写しだ。母さんもおじさんもそう言う――って。咲愛也、お前……母さんに会ったことあるのか?」



 うそ……だろ……?



 絶対に会わせないようにしてきた筈だ。



 あいつは保護者会にも行かない。行かせない。おじさんが代わりに行ってくれるからな。しかも、他の親や教師達にめちゃくちゃ良い外面ふりまいて帰ってきてくれる。俺の親父が前科持ちなのにまともに学校に通えるのも、おじさんのおかげだ。


 だとすると、なぜ?一体どこで?


「どっ……!何処で母さんに会った!いつ!?何もされてないだろうな!?」


 両肩を掴んで揺さぶると咲愛也はきょとんと首を傾げる。


「え?ええと……写真で見たことが――」


「な、なんだ……写真か……びっくりさせるなよ……」


 寿命が五年縮んだぞ。


 ホッとしたのも束の間。居間に面した廊下の奥から声がした。

 か細くて、ピアノの弦を爪で弾いたかのような、女の声。


「みちたか君……?帰ってるのぉ……?」


「――っ!?」



 どうして!ここに!母さんが!?



 嘘だ。だっておじさんは『野薔薇ちゃんは帰ってこないと思う』って。

 あの人の『母さん予報』が外れた試しは――


 ハッとしてスマホを見ると、数十分前におじさんからメッセージと着信が何件か入っていた。件名だけから見ても、おじさんの焦りが伝わる。


 『母帰宅すぐ戻れ』『無事に送り届けろ』『今日は機嫌が読めない』

 『ごめん今度埋め合わせる』『がんばれ』


「…………っ!」


 イチャイチャしてたら!気づかなかった!


「咲愛也!今すぐ帰れ!送るから!」


「えっ?まだ来たばっかりなのに……」


 うずうず。


「ブラウスのボタンを外そうとするな!ナニするつもりだ!やめておけ!」


「え~。でもぉ~。せっかく彼ぴっぴの家に来たのに……」


「ぴっぴじゃない!」


「幼馴染ぴっぴ?」


「そうだよ!幼馴染ぴっぴ!だから第二ラウンドは無い!」


 俺は不満げにもじもじとする咲愛也の手を取って鞄を拾い上げ、居間を出ようとする。


「しょんぼりするな!今度埋め合わせるから!頼む!」


「うん……約束だよ?」


「みちたか君……?みっちゃ~ん……?」


「――っ!」


「あれ?この声、ひょっとしてお母さん?だったらご挨拶……」


「しなくていい!いいから早く!」


 俺が強引に咲愛也を逃がそうとすると、居間の入り口に母さんの姿が。


「みちたか君、ここにいたのね?」


「母……さん……」


 焦る俺の気も知らず、咲愛也は『わぁ、綺麗な人!』なんて驚きの声をあげる。

 あいつが綺麗なのは――俺と同じで、見た目だけだ。

 騙されるな。


「うふふ?」


「…………」


 生唾をごくりと飲み込む俺に、モンスターは微笑みかける。

 そして、薄くて桜色の唇を開いた。


「ねぇ、みっちゃん?」


「…………」


 ――その子、だあれ?


「――っ!」

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