EP.2 反抗期の娘がしたいこと
「じゃあ、行ってみたいな……みっちゃんの、おウチ――」
「…………」
「……ダメ?」
「ダメっていうか……哲也さんにダメって言われてるんじゃなかったのか?」
「たしかに、お父さんには『あいつの家だけは行くな』って言われてるけど……」
「じゃあダメじゃないか」
コーヒーをすすりながら指摘すると、咲愛也はむすっと頬を膨らませる。
「いいの!私、反抗期だから!」
「哲也さんに対してだけだろ?」
「お母さんはまともだからいいの!理解あるからいいの!」
「理解?なんの?」
「そ、それは……////」
なんでそこで黙るんだ。理解できない。
母親の理解があるのはいいことだろ?ウチのモンスターと交換してくれよ。
母さん、夜な夜なすすり泣いては俺のこと親父の名前で呼ぶんだぜ?様付けで。ヤバくないか?たまにだけどさ。
まぁ、さすがにそういう時は見かねたおじさんが助けてくれるんだけど。だから、俺はあの人に頭が上がらない。
「で?父親に反抗してまで俺の家に来てどうするんだ?」
「そ、それは……////」
あー……ここまでくれば俺でもわかる。イチャイチャしたいんだな?
だが、そんなことにはさせない。
俺は咲愛也に手を出さない。絶対に。成人するまでは。
だって、俺は小さい頃から『咲愛也を守れ』と言われて育ってきたんだ。今更そんな個人的な感情で傷をつけられると思うか?
できない。少なくとも、俺には。
だが、目の前の幼馴染は妄想を膨らませて顔をにやにやと緩ませている。
(わかりやすい奴……変な奴に騙されないか心配になるな……)
「とにかく、親父さんに言われてるなら、ダメなものはダメだな」
「そ、そんなぁ!『なんでも』って言ったじゃない!」
「時と場合による」
「みっちゃんの嘘つきぃ!」
「ケーキのお替り、いるか?」
メニューをそっと差し出す。
「えーっと……イチゴショート!」
「……わかった。すみません、これを追加で」
「かしこまりました」
「ふふふ!今日二つ目!」
にこにこしちゃって、まぁ……
お前、今ケーキで話題を逸らされたんだぞ?わかってるか?
(改めて、心配になるな……)
「みっちゃん太っ腹!」
「…………」
おじさんがな。
ちなみに俺は小遣い制だ。一般平均がどれくらいかは知らないが、豪遊できるような額ではない。
しかし、バイトをすると進言したところ『咲愛也ちゃんとデートする時間が減るのはいただけない』と言って、小遣いが三倍になった。
やっぱり、あの人はどこかイカレてると思う。
「さぁ、それを食べ終わったら帰るぞ?」
「むー!」
「食べながら喋るな」
だが、否定の意思は伝わった。どうするか……
どうやって諦めさせるか悩んでいたところ、
――『仕事で帰りが遅くなる。野薔薇ちゃんは今日は帰ってこないと思うから、家では思い思いに過ごしていい』
「…………っ!」
メッセージを見た俺は、瞬時に辺りを確認する。
カフェの客、店員、天井、カメラ……
(おじさん……まさか、どこかで見ているんじゃあないだろうな?)
もしくは、最近の看護師は未来予知ができるのか。
ちなみに、文面にある『野薔薇ちゃん』は俺の母親だ。おじさんがそう呼ぶものだから稀につられてそう呼びそうになることがあるが、『野薔薇――』まで言いかけた瞬間『もう一回呼んでぇ!』と凄い勢いで縋られるので、気持ち悪くてなるべく呼ばないように気を付けている。
そんな俺の気苦労を知るはずもない咲愛也は首を傾げてスマホを覗き込もうとする。いくら仲が良くても、人のスマホを見るのはマナー違反だぞ?
まぁ、咲愛也ならいいけど。
「メール?誰から?」
「おじさんから」
「へー。なんだって?」
「帰りが遅くなると」
「へぇ~……?」
にやにや。
しまった。今のは言わなくてよかった。失態。
「お前は来ないんだから関係ない」
「へー…………」
「…………」
「へぇ……へぇ……――」
あああ!目に見えてしょんぼりする!
なんなんだこの生き物は!?雨の日に捨てられて萎れた猫みたいな顔するな!
「――っ!もういい!好きにしろ!」
「やった!」
「哲也さんに怒られても知らないからな!」
「大丈夫!そういう時はお母さんが味方してくれるもん!お母さんは恋する乙女の味方だから!お父さんは、お母さんには逆らえないの!」
「へぇ、哲也さんて外でも
「あっ――////」
「へぇ……?」
今度は俺がにやにや。
あいかわらず、可愛い奴だよ。憎いくらいに。
「さ、さぁ!行こ行こ!そうと決まれば善は急げ!」
「急がなくても、俺は逃げないぞ」
「そ、そういうこと……さらっと言う……////」
「咲愛也、照れる前に伝票を寄越せ。会計してくる」
カード使えるかな?できればカードがいい。
だって、現金だとなくなって補充を頼むときに根掘り葉掘り聞かれるからだ。
『どこ行った?何した?どこまで進展した?避妊はしろよ、絶対に』って。
支援してくれるのは嬉しいが、正直鬱陶しいぞ、おじさん。
いい加減、誤魔化すネタも尽きてきてるし。
誤魔化さないといけないような不純な交遊はしていないが、デートの詳細なんて誰にも聞かれたくないだろ、普通。だから適当にボカしてる。
そんな俺の苦労を知らない咲愛也は、赤面しつつ伝票を手渡す。
「う、うん……いつもありがとう……」
その指先は、いつもと違って少し暖かいような気がした。
それとも、これは俺の熱か?できれば、前者であることを祈る。
二十歳になるまでは、俺と咲愛也は幼馴染なんだからな。
そう。これだけは、譲れない――この関係を、『壊す』わけにはいかない。
たとえ、咲愛也に何をされたとしても。
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